舘ひろしと黒木瞳が『終わった人』で考えた“定年”という概念
こんな舘ひろしは見たことがない。「リング」シリーズの中田秀夫監督によるホームコメディ『終わった人』(6月9日公開)で、舘はクールなパブリックイメージを完全に封印し、定年を迎えた冴えないおじさんになりきった。これには、4度目の共演を果たした黒木瞳もびっくり。本作で夫婦役を演じた舘と黒木にインタビューし、撮影秘話を伺った。
定年を迎えたあと、なにもすることがなく、周りの人から“終わった人”というレッテルを貼られてしまった田代壮介(舘ひろし)。美容師として働く妻・千草(黒木瞳)にグチばかりこぼす毎日だ。「このままではマズイ」と危機感を覚えた壮介は、職探しやジム通いを始めるが、ある日、人生の転機が訪れる。
中田監督が「本当に撮りたかった映画」として気合十分に放った本作。舘は中田監督から「とにかくだらしない、カッコ悪いサラリーマンを演じてくれ」というリクエストを受けた。
「衣装合わせでも、すごく冴えない衣装をいろいろ提示されましたが、いざ着てみるとそこそこ似合っちゃうので大変でした(笑)。中田監督に言われ、お腹に初めてあんこ(詰め物)も入れました」と舘はなんとも楽しそうに言う。
『仄暗い(ほのぐら)水の底から』(01)、『怪談』(07)に続き、中田組に参加するのは3度目となった黒木。オファーされたのは、黒木が監督したショートフィルム『わかれうた』(17)に携わっている時だった。「中田監督とは同世代なので昔から親近感がありました。ちょうど本作の衣装合わせでお目にかかったので、『わかれうた』の編集について監督にご指示を仰ぎました」。
舘と黒木は、ドラマ「刑事貴族」 や「新宿鮫 屍蘭」 、「無影燈」に出演し、本作で22年ぶりの共演となった。お互いに気心が知れている仲だという舘が「仲いいでしょ。もう限りなく夫婦に近いんです」とお茶目に言うと、黒木も「もう夫婦です」と笑顔で顔を見合わせた。
定年後、暇を持て余す壮介を哀愁たっぷりに演じた舘。改めて“終わった人”という定義を、2人はどう捉えたのか?
舘は、壮介について「東大を卒業して銀行のエリート社員になったけど左遷される。壮介は、あの時一旦“終わった人”になったんだと思う。そのまま定年になり、そこから“終わった人”が終わったのではないかな」と考えたそう。
「『終わった人』というタイトルだけど、実は人生は終わらないということなんじゃないかな。もちろん人生において失敗もするけど、失敗は終わりではないし、終わったことにはならない。僕は、終わってからもがくことはいいことだと思う」。
黒木は、壮介が定年の日に「生前葬だ」とつぶやくシーンについて「男性ならでは」と感じたそうだ。「壮介が『終わった』と言うけれど、なぜ男の人は白黒決めたがるのだろう?と思ってしまうわけです。自営業や俳優業にも定年はないわけですし、なにをもって“終わった人”だと自分が決めつけるのでしょう?人生が上手くいかなかった時に、終わったと思うのでしょうか」。
その問いに舘は「壮介によると、自分の夢が叶わなかった時が終わった時なのかなと。でも、この映画はそうじゃないと言っています。黒木さんがおっしゃったように、壮介は定年でそう思ったけど、実際はそうじゃないし、人生には浮き沈みがあるんです」と穏やかな笑みを浮かべる。
黒木が「自分で決めちゃいけないってことですね」としみじみ言うと、舘は「そうそう。自分で終わったと決めた時が、本当に終わった時なんです」と懐の深い表情で締めくくった。
取材・文/山崎 伸子