『カメラを止めるな!』監督と脚本指導が明かす、「物語の作り方」【榎本憲男×上田慎一郎 特別対談 第1回】
「すごく緊張してます…」と、取材場所に到着するなり弱った顔をしてみせ、一座を笑わせる上田慎一郎監督。監督作『カメラを止めるな!』が空前の大ヒット中で、6月の公開以来メディアで見かけない日がない“今年の顔”だが、落ち着かないのも無理はない、この日の対談相手は、プロットの段階から長きにわたって本作の脚本作りの指導にあたった榎本憲男氏である。
榎本氏のほうは9月に異色の警察小説「真行寺シリーズ」の第2弾、『ブルーロータス-巡査長 真行寺弘道』を上梓したばかりである。ならば、お互いの作品をレビューし合いながら「物語の作り方」を全3回で紐解いてもらおう、というのがこの師弟対談のテーマだ。
『カメラを止めるな!』の話題の中心は、なんといっても表と裏の二重構造をストーリーに持たせると同時に緻密な計算された展開で、口コミにより“驚き”が拡散されていったことだ。やがてこれが、社会現象と言える大ヒットに発展していったのである。この『カメラを止めるな!』の魅力を解き明かすのに、脚本指導を行った榎本氏と上田監督との知られざる裏話は、まさにうってつけだろう。
そこでまずは、お二人の出会いと、『カメラを止めるな!』の脚本を磨き上げた指導の気になる内容について語っていただいた。
上田くんは難度の高い、茨の道を歩もうとしていたわけです。(榎本)
榎本憲男氏は、これまでに劇場支配人、プロデューサー、脚本家、映画学校・大学の講師、映画監督など、映画会社の社員から徐々にクリエイター側へと関わり方を変えながら、様々な形で日本映画界に貢献してきた行動派。脚本は会社員時代に独学で学び、ENBUゼミナールの脚本講座で教鞭をとる。会社を辞めて独立すると、自主映画の作り手のために、より実践的な脚本指導を行いたいと「シナリオ座学」という講座を立ち上げた。上田監督は榎本氏のツイッターを見て4、5年前より座学に参加するようになった。
「上田くんはその時点で結構な本数の作品を作っていたけど、見せてもらって『これは大変だな』と思った。日本では低予算ならば、エンタテインメント作品を撮るのはマイナー路線を行くことになるというパラドックスがある。現実的には人間ドラマを撮らないと映画祭にもなかなか通らないんです。たとえ、エンタテインメント映画を持って映画祭に行ったとしても、受賞に至るのは非常に稀です。となると、“海外映画祭で箔を付けて公開する”という低予算映画のサクセス路線には乗れない。そこを突破するには、芸術系人間ドラマに路線変更するか、エンタテインメント路線のまま徹底的におもしろくするかのどちらかしかない。当然、後者のほうが難度は高い。上田くんは茨の道を歩もうとしていたわけです」と、最初から明るい見通しは持ってなかったようだ。
低予算のエンタテインメント映画は、アイデアをてんこ盛りにして勝負しなくてはいけない。(榎本)
やがて榎本氏の指導を受けて脚本を書いた『猫まんま』(15)が評価を受け、上田監督は、榎本氏から企画コンペへの出品を勧められる。そこで『カメラを止めるな!』の原型となるプロットを書き、企画書とともに応募するも落選してしまう。しかしその直後に、榎本氏が講師を務めるENBUゼミナールのワークショップ「シネマプロジェクト」の監督に抜擢され、上田監督は再度『カメラを止めるな!』をやりたいと榎本氏に相談した。
榎本氏は「いったんは『考え直したほうがいいんじゃないか?』と言ったんです。予算的なものもあるし、素人に近いキャストでやるのは無謀では、と。たとえいいシナリオができても果たして撮り切れるのか、すごく心配だった。でも上田くんは『挑戦したい』と引かない。そこで僕がまずやったのは人情ドラマに強いリミッターをかけることです。もともと上田くんは“障害をみんなでともに乗り越える”というモチーフが大好きなんですよ。でも低予算のエンタテインメント映画は、予算の大きな商業映画のように“人情話”にズラすのではなく、エンタテインメントのアイデアをてんこ盛りにして勝負しなくてはいけない。“いい話”にするな、エンタテインメントの手綱を緩めるな、と言い続けました」と振り返る。
上田監督は「赤ペンをいっぱい入れて戻してくれたうえで、電話でも指導してもらいました。『無駄を省いてグルーブ感を出したほうがいい』と何度も言われましたし、ほかにも多くの指摘を頂きました」と、まさに「座学」という名前にふさわしい親身な指導法を明かした。
榎本氏は「とにかく大量にアイデアを出して、いろいろ話し合いをしたけど、もう何を言ったかはあまり覚えていない。アイデアは、出してあげた段階でその人のもの。そうじゃないと脚本の指導はできない」と明かし、指導者としての度量を示した。