ヒュー・ジャックマンがジャーナリストではなく俳優を選んだ理由とは?
ヒュー・ジャックマンが大ヒットしたミュージカル映画『グレイテスト・ショーマン』(17)の次に選んだ主演映画は、実在する政治家のスキャンダルに斬り込んだ意欲作『フロントランナー』(公開中)。来日したヒューが、念願叶って『マイレージ、マイライフ』(09)のジェイソン・ライトマン監督とタッグを組んだ本作の制作秘話を語ってくれた。
ヒューが演じたのは “ジョン・F・ケネディの再来”と言われ、1988年のアメリカ大統領選挙で当選確実とされていた政治家ゲイリー・ハート。ところが、彼はある報道をきっかけに、政界失脚へと追い込まれる。ヒューはゲイリー・ハートを演じるにあたり、いろいろなリサーチをしたが、資料を読めば読むほど驚くことが多かったそうだ。
「彼はアメリカの大統領になれなかった偉大な男と言われているので、僕は彼が政界から追い出されたと思っていたけど、実は自分の意思で辞任していたんだ。彼は大統領の予備選の得票率で、二番手より4倍もリードしていたから、こういうスキャンダルがあったとしても、たぶん勝利したんじゃないかと思う。では、なぜ自分から辞退したのか。そこがすごく興味深かった」。
ヒューが、長年一緒に仕事をしたいと思っていたジェイソン・ライトマン監督。リハーサルを重ねることが多かった一方で、撮影当日に、その日のセリフを渡されることもあったそうだ。たとえば、ゲイリー・ハートが記者会見に臨むシーンは、まさにぶっつけ本番的に撮影された。
「あのシーンでは、前もって監督がわざとエアコンを消していたので、みんなが汗をかき出していた。そこからいきなり撮影が始まったんだ。そのシーンに登場する予定ではなかった人が入ってきて、僕の耳元でささやいた時も、僕はゲイリー・ハートとして対応しなくちゃいけなかった。急にコーヒーを持ってきたり、突然アドリブで入ってくる人たちもいた。しかも、記者会見ということで、カメラが15台くらい入っていたけど、そのなかのどのカメラが本当に僕を撮っているのかわからなかったんだ(苦笑)」。
その演出のおかげで、記者会見のシーンは緊迫感あふれるシーンに仕上がったのだから結果オーライだ。
大学でジャーナリズムを選考していたヒューだが、結局は役者の道を選んだ。「ジャーナリズムについて、僕は先生や周りの学生ほど、情熱が持てなかった。そのころアマチュアの演劇をずっとやっていて、90%の時間をそこに費やしていた。ドラマスクールに移ったあとは、1日も休んだことがない」。
俳優とジャーナリストの違いについて、こう述べる。「演劇はいろいろなストーリーを語ることで、世の中を見る。かたやジャーナリズムは、真実を露わにすることで、世界を知る。結果的にはどちらも、よりこの世の中を知るための手段にはなると思う。僕自身はとても人に興味があるが、人の言ったことをそのまま信じてしまうタイプなので、洞察力を必要とするジャーナリストとしてはどうなのかなと。やはり僕には役者の方が向いていたようだ。だからこそ、僕はジャーナリストの方々をすごくリスペクトしている」。
政治家と俳優は、プライベートとのオンとオフの切り替えを要するという共通点がある。ヒューはその切り替えについて「僕はあまり気にしてないけど、なかにはパパラッチを毛嫌いしている俳優もいるよね。ただ、人気や名声はフェラーリのようなものだとも思っている」と、ヒューはいわゆる“有名税”をフェラーリに例える。
「フェラーリのキーを渡され、乗ったとしても交通渋滞には巻き込まれるし、ガソリン代もかかれば、車両保険も洗車も必要となる。なによりもリスクを伴うのは、それでも人は『フェラーリのキーをくれ』と言ってしまうことなんだ。僕は大好きな人や尊敬する人たちと一緒に仕事ができる俳優の仕事がとても大好きだけど、やはり時には思わぬ交通渋滞に巻き込まれることもある。特に、子どもたちのことが心配で、彼らのプライバシーは守りたいと思う。
政治家の場合はもっとリスキーで、1度フェラーリのキーを受け取ったら、交通渋滞どころではなく、衝突されて、2度と歩けないようにさせられる可能性もある。政治家としてなら、僕はそのキーを受け取れないとも思うよ」。
ヒューは本作で初めて、いまも存命な実在の人物の役に挑戦した。「僕はなにをやってもすぐに退屈してしまう人間だ。僕は結婚していて子どもが2人いても、仕事が大好き。だから僕と同じような人間は演じたくないし、いままで聞いたことがないようなストーリーに惹かれてしまう。ただ、今回は果たしてこの役を自分ができるのだろうかと恐怖心さえ感じた。まあ、僕は50歳で、本当に怖いものなんてそうないんだけど、いまでもそういうチャレンジができる仕事に就いていることはラッキーだと思っている」。
そう語るヒューだが、1番幸せな一時は?と尋ねると「家族と一緒にいる時だ」と即答。「いま娘と一緒に日本に来ているよ。彼女が世界で1番好きな国は日本だよ。でも、もちろん歌ったり踊ったりしている時も幸せなひとときだ」とご機嫌に答えてくれた。
来日するたびに、常に笑顔で接してくれるジェントルマンのヒュー・ジャックマン。彼がまた、俳優としての新たな一面を切り開いた『フロントランナー』をぜひチェックしていただきたい。
取材・文/山崎 伸子