巨匠イ・チャンドン監督が明かす、村上春樹原作『バーニング 劇場版』を読み解くヒントとは?
劇中には物語の結末につながる様々な伏線が巧妙に仕掛けられている。その一つは、映画の序盤でヘミがジョンスに見せる“蜜柑剥き”というパントマイム。それが示すことは“見えるもの”と“見えないもの”の対比であり、この物語自体がその境界の上に置かれているという。また映画の主だった舞台となるジョンスの住む家がある坡州(パジュ)という場所にも、監督の意図が明確に表れている。「坡州という場所はソウルから車で1時間くらいで行ける場所で、かつては伝統的な農村でしたが、いまはその共同体が解体され、農村としてのアイデンティティを失った空間と言えます」とチャンドン監督は解説する。
「映画のなかで登場するように、のどかな田園風景の先には休戦ラインがあって北朝鮮がすぐそこに見えていて、対南放送のスピーカーの音がずっと聞こえている。表向きにはなかなか南北の緊張状態というのは目に見えないけれど、あの場所に行くとそれが日常になっているということがわかるのです。つまり、韓国社会の日常を象徴する場所であり“韓国の現実”という普段は意識していないところまで見せてくれる場所といえるでしょう」。
“対比”と“境界”という本作を取り巻くキーワードは、登場人物の関係性にも表現されている。「ジョンスとベンは対立しているような構造があり、ベンは物質的に豊かでお金を持っていて、仕事と遊びの区別を持たない。一方でジョンスは物質的に貧しく、未来に対して不安を感じていたり無気力さを感じていたりする。どちらもいまの若者の生き方を表しているといえますが、いずれにしてもこの時代のなかで虚しさを感じているのです」と本作の持つ最も重要なテーマについて言及。
そして「最後のシーンで2人がぶつかり合う。けれど、別の見方をすると2人が1つになる過程を見せているとも思っています」と、ジョンスとベンの“境界”がなくなる瞬間に、この映画が描こうとしている謎の答えが見えてくることをにおわせた。
取材・文/久保田 和馬