アカデミー賞受賞作の監督が“世紀のハプニング”を回顧!最新作のインスピレーションの源は?
第89回アカデミー賞で最優秀作品賞をはじめ3部門に輝いた『ムーンライト』(16)のバリー・ジェンキンス監督が、最新作『ビール・ストリートの恋人たち』(2月22日公開)をひっさげて初来日。アカデミー賞受賞作品の監督となった心境や最新作に込めた想いを聞いてみると、映画文化に対する情熱、そして彼自身のユーモラスな一面を垣間見ることができた。
2年前のアカデミー賞授賞式では、作品賞発表の際に別の部門の受賞作品が書かれた封筒がプレゼンターに渡ってしまうという前代未聞のハプニングが起きたことが大きな話題となったが、ジェンキンス監督はその当事者の1人として「あのような場で、あのようなミスが起きたというのは、とてもシュールな光景だった」と笑顔で振り返る。
そして「撮影の現場でもミスというものは往々にして起こるものだ。でもそういう時は撮り直せばいい。生放送の場であるアカデミー賞でミスが起きたことは残念だったけれど、誰かを恨むような気持ちはない。それよりも、白人で高齢の男性が多く、昔のやり方を変えようとしないアカデミー賞で『ムーンライト』という10代の黒人少年の物語が受賞した。その事実を忘れないでもらいたい」と力強く、着実に変革の兆しを迎えている映画界への想いを語ったジェンキンス監督。
さらに「正直なところ、アカデミー賞を受賞したいという気持ちはあまり強くなかった。僕の好きな監督で受賞した人はほとんどいないからね。だから奇妙で不思議な感覚がいまでも続いているよ」と笑いながら「アカデミー賞は、たった一晩で良くも悪くも状況が変わってしまうもの。僕は作品賞を獲った監督としてではなく、バリー・ジェンキンスという1人の人間として世間に知ってほしいという気持ちが強くあったから、“自分が誰であるか”、そして“自分自身”というものを忘れないように心掛け、今回の作品に臨んだんだ」と明かした。
最新作『ビール・ストリートの恋人たち』は、公民権運動の旗手として活躍したジェイムズ・ボールドウィンが70年代に手がけた同名小説を原作に、困難な状況に追い込まれながらも愛を諦めずに立ち向かっていく恋人たちの姿を描いたラブストーリー。ジェンキンス監督は、本作の脚本を『ムーンライト』の撮影に入る前にベルリンに渡って執筆。「それはボールドウィンの足跡をたどるためだよ」と語ったように、本作には原作小説とボールドウィンに対する強い敬意が込められている。
『ムーンライト』の際には、ウォン・カーウァイ監督の『ブエノスアイレス』(93)の影響を直に受け、また同じくカーウァイ監督の『花様年華』(00)や大島渚監督の『御法度』(99)、さらには小津安二郎監督のカメラワークを参考にするなど、アジア圏の映画からインスピレーションを与えられてきたというジェンキンス監督。
「映画を作るときには、できるだけ自分のものにしたいという想いが強いから、ほかの作品からインスピレーションを受けないようにしているんだ。でも同じメディアである以上、知らず知らずのうちに影響が出てしまうことはあるよね」と少しはにかんだ表情を見せながら、本作でも公園で傘をさして歩くシーンを完成後に観て、『花様年華』の影響が出ていることに気が付いたという。
そして「今回は映画よりも写真からインスピレーションを受けていて、とくに70年代のニューヨークを撮影していた黒人写真家が本作の源だ」と明かし、ロイ・デキャラヴァや、のちに映画監督として活躍するゴードン・パークスの名前を挙げる。彼らから受けたインスピレーションをより具現化するために、本作では『ラスト・エンペラー』(87)などで知られる名撮影監督ヴィットリオ・ストラーロが考案したとされる「ユニビジウム」と呼ばれる2.00:1のアスペクト比を採用。「写真と映画のちょうど中間にある本作には、ポートレート的な要素が必要だった」とこだわりを語った。
現地時間24日(日本時間25日)に発表される第91回アカデミー賞では、惜しくも2作連続の作品賞候補こそ叶わなかったものの、ヒロインの母を演じたレジーナ・キングが助演女優賞に、ジェンキンス監督自身も脚色賞にノミネートされたほか、作曲賞にはニコラス・ブリデルが『ムーンライト』に続いて候補入り。
「今年は本当に多種多様な作品が候補に挙がっているし、それに友人のヨルゴス・ランティモスやライアン・クーグラー、スパイク・リーにアルフォンソ・キュアロンが候補になっているから、今年は1人の映画ファンとして授賞式を楽しみたいと思っているよ」と満面の笑みを浮かべながら、ふたたび候補者の1人として“映画界最高の栄誉”へ出席する喜びをあらわにした。
取材・文/久保田 和馬