“サイコ・サスペンス映画史上No.1”の称号に偽りなし?日本初公開の『ザ・バニシング-消失-』がトラウマ級!
「サイコ・サスペンス映画史上No.1の傑作、ついに解禁―—」。そんなセンセーショナルな宣伝のキャッチコピーがつけられた『ザ・バニシング-消失-』(公開中)は、1988年製作のオランダ=フランス合作映画だ。日本では2000年代初頭にソフト化されたものの絶版となり、長らく“幻の映画”になっていて、今回が初の劇場公開となる。サイコ・サスペンスというジャンルには『サイコ』(60)、『羊たちの沈黙』(91)、『セブン』(95)といった数多くの名作が存在するが、一部のマニアの間で語り継がれてきた本作はどこがスゴいのか?
ある夏の日、フランスの田舎を車で旅する若いオランダ人カップルのレックス(ジーン・ベルヴォーツ)とサスキア(ヨハンナ・テア・ステーゲ)が、ドライブインに立ち寄る。ささいなことで口論を交わした2人は、仲直りして愛を確かめ合うが、その直後、売店へ飲み物を買いに行ったサスキアが忽然と行方不明に。やがてなんの手掛かりも得られないまま3年の時が流れ、サスキアを捜し続けるレックスの前に見知らぬ中年男が現れる…。
ミッシング・パーソン、すなわち人間の失踪を題材にした本作は、ユニークな構造を持つサスペンス映画だ。捜索に執念を燃やすレックスの姿を追いながら、サスキアの失踪に関わったもう一人の人物の行動を描出。つまりこれは“犯人捜しのミステリー”ではなく、あるサイコ男が計画した事件の“あまりにも異常な真相”を解き明かしていく作品なのだ。
最愛の恋人を失ったレックスは、いかなる代償を払ってでもその真相を知りたいと願っている。そんなレックスの心理を見抜いて接近してくるサイコ男の目的とはなんなのか。この先は観てのお楽しみだが、約30年前に作られた本作が伝説化した理由は明快。あの『セブン』にも匹敵する戦慄のクライマックスが待っているのだ。
本作は緻密なストーリーの語り口や繊細な心理描写も秀逸で、あのホラー史上屈指の名作『シャイニング』(80)を生んだ巨匠スタンリー・キューブリックに「これまで観たすべての映画の中で最も恐ろしい映画だ」と言わしめた。さらに、オランダ人監督のジョルジュ・シュルイツァーはハリウッドに招かれ、結末を変更した『失踪』(93)というセルフ・リメイクを手掛けている。
サイコ・サスペンスとは怪物や悪霊が暴れるのではなく、謎めいた人間の心の闇に迫るジャンルである。その意味において、本作があぶり出した“人間の怖さ”は並外れている。果たして、そのトラウマ級の恐怖が“No.1の傑作”の称号にふさわしいかどうか、おそるおそる自分の目で確かめてほしい。
文/高橋諭治