中田秀夫監督、『殺人鬼を飼う女』で女性同士のラブシーンに「ツインタワーだ!」
「リング」シリーズなどで知られるJホラーの旗手、中田秀夫監督が放つ最新作は、エロスとサスペンスを突き詰めた『殺人鬼を飼う女』(公開中)。本作は「リミッターを外せ!」を合言葉に、タブー視されるような題材を扱った「ハイテンション・ムービー・プロジェクト」第1弾で、「ロマンポルノ・リブート・プロジェクト」として中田監督が撮った『ホワイトリリー』(17)に続き、飛鳥凛がヒロインを務めた。本作で中田監督がトライした、リミッター超えの官能表現とは?
中田監督は、以前からラブストーリーにおけるラブシーンの描き方について思うところがあったという。「大人の男女による愛を描く際に、ヨーロッパの映画だとラブシーンをきっちりやるところを、日本では制約があるからちゃんと描けないんです。例えば、ベッドシーンになると、ポンと時間が飛んだり、ベッドの中なのになぜか下着をつけていたりと、言ってしまえば不自然なシーンになってしまう。でも、今回の『ハイテンション・ムービー・プロジェクト』では、そこを描くことができる。それは、すごく特殊なジャンルというよりは、究極の愛を描きうる企画だと僕は思いました」。
原作は「甘い鞭」や「呪怨」の大石圭による同名小説で、飛鳥が演じたのは、幼少期に義理の父から受けたすさまじい虐待が原因で、複数の人格を持つヒロインのキョウコ。特筆すべき点は、キョウコの別人格であるレズビアンの直美(大島正華)、自由奔放で性に開放的なゆかり(松山愛里)、虐待された少女時代のままのハル(中谷仁美)を、それぞれ別の女優3人が演じている点だ。
『ホワイトリリー』に続き、本作でも女性同士が美しい肢体を交えるシーンは、さまざまなアングルから果敢に攻めた中田監督。中田組で2度目の主演を務めた飛鳥は、今回もひるむことなく、全身全霊で役に打ち込み、女性同士のラブシーンは初挑戦だった大島たちも、監督の期待に応える熱演を披露。先日の舞台挨拶では、女優陣が「中田監督の演出がとてもわかりやすい」と口を揃えていたが、そのテクニックとは?
「いや、特にテクニックと言えるようなものはなく、監督の仕事の大半は、現場のお膳立てなんです。本作は撮影は9日間でしたが、前回と同様に3日間くらいリハーサルを行いました。今回は特にアクションさながらのラブシーンがあったので、体位なども理解してもらおうと、あらかじめ助監督やエキストラの女性などに演じてもらったビデオコンテも撮っておきました。あとは現場でピリピリしないように、リハーサルの時にみんなでキャラクターの人間関係についてもしっかり話しておきました」。
日活時代にロマンポルノを支えた小沼勝監督に師事していた中田監督。その舞台裏を中田監督自身が取材したドキュメンタリー『サディスティック&マゾヒスティック』(00)を観ると、小沼組がそのタイトルさながらのすさまじい現場だったことがうかがえる。それに比べて中田監督の演出は真逆で、実にジェントルな印象を受ける。
「確かに小沼さんの現場では、こてんぱんに怒られたし、実際にすごくサディスティックな監督さんで、女優さんに対してとても辛く当たっていました。でも、1つだけ言えることは、小沼さんが『お前、なにやってるんだよ。こうだろ!』と罵倒しながらつける演出は、非常にわかりやすかったんです。つまり、カリカリと怒っていることを抜くとと、ただ当たり前のことをきっちり伝えているだけでした」。
中田監督は、他にも『Wの悲劇』(84)などの澤井信一郎監督の名前も挙げる。「澤井監督も女優さんに演技指導をする時、自分で実際にやって見せるタイプでした。僕は助監督として1本しかついていませんが、すごくわかりやすい演出をされる、すばらしい監督だと思いました。僕は、禅問答のようにわかりにくい演出よりも、そっちのほうがスムーズにいくと思っています。時々、自分でも言葉数が多すぎると思うこともありますが(苦笑)。人によって変えようとするけど、つい口に出して言っちゃう。映画はいつも順撮りできるとは限らないので、気持ちの流れについては伝えてあげるべきだとも思っています」。
本作最大の見せ場といえるのが、クライマックスの4人が絡み合うラブシーンだ。飛鳥と、彼女が憧れている小説家、田島冬樹役の水橋研二とのラブシーンだが、ここに直美役の大島、ゆかり役の松山も加わり、怒涛のフォーメーションとなる。「女性3対男性1なので、いわゆるインサートしている関係は1つしかないから、あとはどうしようかなと思いました」。
そこで監督が用意したのが、だまし絵の画家として知られるエッシャーの作品「蛇」だった。蛇がぐるぐると絡まり合う様子をイメージ的には伝えようとしたのだ。
「ただ、実際に人間が蛇にはなれないので、いろいろと試していったんですが、僕はどうしても理屈で考えちゃって、あまりいいフォーメーションを組めなくて。最終的には助監督の提案で『淫乱キャラのゆかりが、本当はレズビアンでキョウコしか愛せないはずの直美にまたがり、2人でキスをする形がいいんじゃないか』となりました。実際にやってみたら、これはいい!ツインタワーだ!と。僕の演技プランは崩れているけど、その場で発見したものが結果として良かったというパターンです。やっぱり結果勝負の仕事で、女優さんたちの身体をきれいに見せるというのが最大のテーマですし。いつしか『獣のように』というのが合言葉になっていきました」。
『ホワイトリリー』のさらに上を目指した、美しい獣たちのラブシーンからは、情熱がほとばしっている。ぜひリミッターを外したキャスト陣の熱演に注目してほしい。
取材・文/山崎 伸子