『長いお別れ』中野量太監督、山崎努と蒼井優は「芝居モンスター」
「これまでにない、新しい認知症の映画を作りたかった」。商業映画デビュー作『湯を沸かすほどの熱い愛』(16)で映画賞を席巻した中野量太監督が、そんな意気込みで挑んだのが最新作『長いお別れ』(5月31日公開)だ。ゆっくり記憶を失っていく父とのお別れまでの7年間を、丁寧に、優しく描く家族の愛の物語。父親役の山崎努、次女役の蒼井優ら日本を代表する役者陣の熱演にも心が震えるが、中野監督は「山崎さんと蒼井さんは“芝居モンスター”です」と大絶賛。家族をテーマに映画を撮り続けている中野監督にインタビューし、いま描くべき認知症の映画とはどんなものなのか。そして、名優たちと過ごした時間について話を聞いた。
中島京子の同名小説を映画化した本作。母の曜子(松原智恵子)から、厳格だった父、昇平(山崎)が認知症を患っていると聞かされて、驚きを隠せない長女の麻里(竹内結子)と次女の芙美(蒼井)。記憶や言葉を失っていく父との日々は思いもよらない出来事の連続だったが、変わらない父の愛情に気付き、麻里と芙美はゆっくりと前に進んでいく…。
「映画を撮る時に大切にしていることが2つある」
商業デビュー以前からオリジナル脚本にこだわってきた中野監督が、初めて小説の映画化にチャレンジした。本作の監督オファーを受けたのは、『湯を沸かすほどの熱い愛』が公開になる前のことだそうで「まだオファーなんて、そんなにいただいていないころにお話をもらって。うれしかったですね」と笑顔を見せる。「基本的には、オリジナルじゃなければやりたくないな…と思いながら、原作を読んだんです。でも読み進めるうちに“自分ならこうするな”とか“これはやれるんじゃないか”という想いが湧き上がってきて。そんなふうに思ったのは、初めてでした」と原作に惚れ込んだ。
「映画を撮る時に大切にしていることが2つある」という中野監督だが、それを叶えているのがこの原作だったという。「まず大切にしているのが、“いま撮るべき映画を作りたい”ということ。認知症というテーマは、僕のおばあちゃんもそうでしたし、これからきっと誰もが関わらざるを得ない問題だと思うんです。これはいま、映画にしておかなければいけないという思いがありました。そしてもうひとつが、“現状はキビしいけれど、それでも家族が懸命に助け合っていく姿が愛おしくて、温かくて、滑稽にも見えるような作品を作りたい”ということ。今回は原作を読みながら、何度もクスッとしてしまった」。
「認知症を当たり前のこととして受け入れていく。新しい認知症の映画を作りたかった」
“いま撮るべき映画”として認知症をテーマとし、正面から病気と向き合った。そこにはどんな覚悟があったのだろうか。「取材をしていくと、医療関係者の方から『いまの認知症の考え方があるんです』と言われて。『以前は、“認知症は記憶を失って悲しい、つらい”と言われましたが、いまは“認知症は病気なので奥さんや子どもの名前も忘れて当たり前”、でも名前を忘れても、この人が自分にとって大切な人であるということは、実は忘れていないんです』と教えていただいたんです。原作の中島先生もそのことをよくご存知です。だから本作では、認知症は悲しい、つらいということを描くのではなく、新しい認知症の映画として、認知症をなるべく当たり前のこととして受け入れていくものにしています」。
撮影前には、台本の裏に「認知症は、記憶は消えても心は消えない」との言葉を綴った。「お父さんの記憶は消えていくけれど、心は消えていない。それを重ねて描いているのが、この映画です」。
「山崎努さんと蒼井優さんは、芝居モンスター」
山崎努が、認知症が進んでいく父親の昇平役を演じた。順撮りではない撮影で、昇平の7年間の変化を演じきった山崎の演技は圧巻の一言。中野監督も「本当にすごいですよ」と舌を巻き、「役作りとして、昇平の病気の進行具合について指針となる表を書いてらっしゃいました」とストイックな姿勢にも驚くことしきり。「山崎さんはもともと原作を読んでいらして、『これが映画化されたら、自分のところに昇平役のオファーが来るのでは』と思っていたらしいんです。そう思っていた方に実際にオファーを出せるなんて、幸せな巡り合わせです」とニッコリ。
また次女の芙美役を演じた蒼井については「どうしても一度ご一緒してみたかった。どの出演作を観ても、芝居の感度がとてつもなくいい方だと思っていました」と念願叶ってのタッグだったそうで、「どうしてあんなに豊かな感情表現ができるんだろうと思う。蒼井さんのお芝居は、見ていて本当におもしろいんです」とゾッコン。山崎と蒼井について「芝居モンスターです」と最大の賛辞を送るが、それを実感したのが、縁側で昇平と芙美が語り合うシーンとのこと。「もはやお父さんがなにを言っているのかはわからないんだけど、2人の心は通じ合っているというシーン。このシーンを成立させるのはものすごく難しいなと思っていましたので、撮るのが怖かったんです。でもまんまとあのお二人はやっちゃうわけです(笑)。モンスター同士の化学反応は、すごかったですよ。ちょうど原作者の中島先生が現場に見学にいらしていて、モニター前で涙を流してらっしゃいました。そんなシーンを撮れてよかった、幸せだなと思いました」。
「『湯を沸かすほどの熱い愛』を超えていかなければいけない」
商業デビュー作『湯を沸かすほどの熱い愛』が高い評価を受け、「それからはオファーをたくさんいただけるようになって」と告白する中野監督。「評価をいただいて自信にもなりましたし、『湯を沸かすほどの熱い愛』を超えていかなければいけないという想いにもなりました。そしてやっぱり、同じことはやりたくないですからね。『湯を沸かすほどの熱い愛』はデビュー作だったので、攻めて、攻めて、攻めまくったんです(笑)。でも今回は攻めるところは攻めるけれど、引き算もしながら、攻めたというか。新しいチャレンジができたと思っています」と手応えもたっぷり。
映画監督を志してから、『湯を沸かすほどの熱い愛』でデビューするまでには「16年くらいかかっているんです」という苦労人。諦めずにここまで歩んで来られたのは、「初めて映画学校で撮った映画を、たくさんの人に褒めていただいて。自分のなかにあったものを吐きだして、それを観て喜んでくれる人がいたことが、たまらなくうれしかった。一度そういった経験をすると、やめられないもんです」という受け手の存在。「家族を撮り続けていても、やっぱり家族っておもしろいなと思います。興味は尽きません。血が繋がっていなくても家族だし、“これが家族です”という定義はありませんから。自分がこの世に生きているということを、一番身近で教えてくれる存在が家族なのかなと思っています。映画を通して『家族っていいよね。悪くないよね』と伝えたい」。柔らかな笑顔のなかに、力強い意志がのぞく。日本の家族を見つめる中野量太監督の活躍に、ますます期待したい。
取材・文/成田 おり枝