村上龍がいざなう残酷すぎる美しい世界…25年の時を経て『ピアッシング』が強烈に凱旋!
TIME誌が選ぶ「ホラー映画トップ25」に選出された三池崇史監督の『AUDITION オーディション』(00)など、これまで数多くの著作が映像化されてきた日本を代表する作家、村上龍。彼が94年に発表した同名小説を、サンダンス映画祭で注目を集めた米インディーズ界の新鋭ニコラス・ペッシェ監督が映画化した『ピアッシング』がいよいよ6月28日(金)から公開される。残酷でありながら優美な世界観と、スタイリッシュな映像。ホラーのようでいて、時に哀しげなラブストーリーのような一面ものぞかせる本作は、中毒性を携えながら直接脳内に語りかけてくる実に不思議な逸品だ。
物語は原作小説と同様に、主人公が幼い我が子にアイスピックを向けるという衝撃なシーンから幕を開ける。無機質な高層マンションで妻と幼い子どもと暮らすリードは“殺人衝動”と、それを駆り立てる幻覚に悩まされていた。それから逃れようとしたリードは、娼婦をねらうことを計画。出張用のバッグにアイスピックを入れて、ホテルにチェックインすることに。完璧な計画を立て、入念にリハーサルを重ねた彼の前に現れたのは“自殺願望”を持つ女ジャッキー。彼女との出会いによって、あまりにも危険な一夜が始まることになる。
ケレン味あふれるビルディングの造形から不穏さが立ち込めるオープニングシーンは、あたかも50年代のフィルムノワールを彷彿させる。そして閉塞感たっぷりのホテルの室内で入念に計画を見つめ直していくクリストファー・アボット演じるリードの姿によってこのあとに待ち受ける展開への想像力が駆り立てられ、同時に高められていった緊張感は、ミア・ワシコウスカ演じるジャッキーの登場によってピークへと達する。
ジャッキーが最初に部屋を訪れ、リードと向かい合わせで座るシーンがある。このシーンはポール・バーホーヴェン監督の名作『氷の微笑』(92)にオマージュを捧げたシーンと断言してもいいのではないだろうか。本作の重要なアイテムのひとつであるアイスピックは同作でも極めて重要な形で登場しており、また原作小説においても本作でのリードに当たる主人公の川島昌之が、妻と共に同作を観たというくだりが登場する。なによりも画面に大映しになるミア・ワシコウスカの膝のショットは、同作のオマージュであることを明確に示すと同時に、村上龍の作品世界にただよう艶美な魅力を具現化したものと言えよう。
村上龍自身、本作に「原作者として120%満足しています」とのコメントを寄せている。さらにインタビューにおいては「原作にあって映画にない部分もたくさんありますが、原作をリスペクトしていることが伝わってきます」と太鼓判を押しているほどだ。それは村上小説の多くに共通している抑圧された感情や登場人物たちが抱える孤独が、物語の大部分を占める室内という閉塞的な空間であったり、リードとジャッキーの距離感、そしてリードが見る幻視によって表現されていくからに他ならない。
さらにその抑圧が弾け飛ぶことによって、徐々に明るみに出てくる残酷さと、それをさらに助長させる“アメとムチ”的な役割を果たすように、時折2人の間にのぞく慈悲。その2つが積み重ねられることによって完成されていく狂気は、まさに村上小説の醍醐味以外のなにものでもないだろう。遥かアメリカへと海を渡った「ピアッシング」という物語は、誕生から四半世紀を経て極めて強烈な形で具現化されたことで、村上龍という作家を語る上で欠かすことのできない代表作へと昇華したのではないだろうか。
文/久保田 和馬