ヴィム・ヴェンダース監督、『世界の涯ての鼓動』で「表現の自由を求めて闘った」
ヴィム・ヴェンダース監督、今年で74歳。『パリ、テキサス』(84)、『ベルリン・天使の詩』(87)、『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(99)など、数多くの秀作を生み出してきた巨匠は、70代になってもみずみずしい感性とアグレッシブな探究心は枯渇することはなさそうだ。最新作『世界の涯ての鼓動』(公開中)を観て、そのことを確信した。
本作で描かれるのは、ジェームズ・マカヴォイ演じるMI-6の諜報員ジェームズと、アリシア・ヴィキャンデル演じる生物数学者のダニーの運命的な恋。ノルマンディーの海辺に佇むホテルで出会った2人は恋に落ち、たった5日間ながらも激しく愛し合う。その後、2人は互いへの想いを胸に、それぞれが命懸けの任務に就く。本作を手掛けたヴェンダース監督を直撃し、本作の撮影秘話を聞いた。
「マカヴォイは、心の機微をしっかりと表現できる役者だよ」
マカヴォイとヴィキャンデルのキャスティングについて「2人はそれぞれの世代でトップクラスの俳優だが、すばらしい演技を見せてくれた」と賛辞を惜しまない。「マカヴォイ主演の『ラストキング・オブ・スコットランド』は、僕のお気に入りの作品だ。彼はこれまでのキャリアで、(「X-MEN」シリーズなどの)スーパーヒーローを含め、バラエティに富んだ役柄に挑戦してきた。心の機微をしっかりと表現できる役者だよ」。
ヴィキャンデルも、海洋生物数学者役を演じるにあたり、しっかり準備をして臨んでくれたそうだ。「彼女が演じるダニーは、20代ながら豊かな知性に恵まれ、大学教授の職を得て重要な研究に取り組んでいる。意欲的に研究に打ち込み、死と隣り合わせと言っても過言ではない前人未到の深海を探査する潜水艦に乗ることも恐れない。そんなダニー役に全力で取り組んでくれる女優を探していたが、アリシアはまさに適役だった」。
2人は、極限状態に追い込まれるキャラクターを演じたが、ヴェンダース監督はどんなことを彼らにリクエストしたのか。「ジェームズが普通の兵士と違うのは、攻撃するのではなく、守る役目を果たしている点だ。いまのあらゆる文明は原理主義者によって攻撃されているが、彼の使命はそのテロリストたちがどういう教育を受けてそのような考えを持つようになったのかを突き詰めることだ」。
海洋生物数学者であるダニーについては、「生命の起源が海底にあり、人類の問題を解決する基になるものも海底にあると信じている役柄だ。いまの世の中では外へ、つまりほかの惑星や空へその答えを求める傾向があるけど、ダニーは上ではなく下、海底にあると考えている。彼女はとても若い教授だが、知識も豊富で献身的に仕事に打ち込んでいる。アリシアにはそういったことを表現してほしいとお願いしたよ」。
「信念自体に共感はできないとしても、そうならざるを得なかった彼らに対して真剣に向き合ってみようと思った」
ジェームズは、ソマリアでジハード戦士(イスラム過激派)に拘束され、壮絶な拷問を受ける。ヴェンダースが今回、ジハード主義者を描く時に心掛けた点は、彼らを「ある信念を持つ人間として描くこと」だった。
「たとえ彼らの信念自体に共感はできないとしても、そうならざるを得なかった彼らに対して真剣に向き合ってみようと思った。現実を見ても、そういう対話は成立していないし、彼らは一方的に爆弾を仕掛け、人を殺すだけだ。でも、過激派の人々にも素顔がある。もし、ジェームズのような男が彼らに出会ったとしたら、その本心に興味を持つはずだと思った」。
実際にジェームズは、ジハード戦士たちに対して真摯に耳を傾けようとする。「ジェームズは、テロリストたちの目を見て話をするわけだが、それと同時に、彼らのしていることがほかの文明を壊しているという事実に対しては、戦おうと思っている。ジェームズがダニーに、『彼らの信仰は美しいけれど、同時に危険でもある』と言うが、まさにそのとおりだと思う」。
実際に劇中では、ジハード主義者の葛藤がきちんと描き込まれている。例えば『永遠のジャンゴ』(17)のレダ・カテブが演じるのは、自爆テロを試みたが、不発に終わり生き残った男サイーフ役。『タイタンの戦い』(10)のアレクサンダー・シディグが演じるのは、ジハード主義者と行動をともにする、医師のドクター・シャディッド役だ。
「レダ・カテブは撮影中、完全にサイーフに成りきっていた。現場で役に入っている彼と向かい合うと、僕自身も恐怖を感じ、真夜中に出くわしたくない男だと本気で思ったくらいだ。もちろん素顔の彼は優しい心の持ち主で、すばらしい俳優だ。初めて彼を見たのは、『預言者で、そのあと僕たちは『アランフエスの麗しき日々』でも一緒に仕事をしている。また、アレクサンダー・シディグが演じたドクター・シャディッドも、医師でありながら過激派という、相反する2つの顔を持つ役どころだ」。
ジハード主義者について、とことんリアリティを追求した本作。ソマリア出身の俳優で、実際に過激派原理主義を直接経験してきたというアキームシェイディ・モハメドの助言が大いに役立ったそうだ。
「アキームはいろいろな面で僕を助けてくれた。言葉の面では、彼がエキストラ全員に、ソマリア風の正しいアクセントを指導してくれたよ。本作で描かれる紛争の現状にも詳しい彼は、現地の人々のふるまいや服装や習慣など、細かいことにも精通している。アキームなしでは不可能だったシーンもあるし、本当に世話になったよ」。
「ドキュメンタリーとフィクションが、私の中で混じり合ってきている」
本作は、ヴェンダース監督のキャリアにおける集大成的作品との呼び声も高いが、円熟味と共に新しさも同居している。監督は「私は自分がすでに知っている知識をあまり重要視しない。むしろ、経験や知識は、オリジナルなものを作る上で邪魔になるとさえ思ってしまう」と、常に未知な世界観を追い求めているようだ。
さらに自身の作風について「フィクションを作る時、私はドキュメンタリー的な要素、つまり“現実”を入れるようにしている。また、ドキュメンタリーを作る時は、逆にストーリー性を重んじるように心掛けている。ドキュメンタリーとフィクションというのは、それぞれ別のカテゴリだが、私の中ではだんだん区別がつかなくなってきているんだ。つまり2つが混じり合ってきている」と語る。まさに本作こそ、ヴェンダース監督作の真骨頂だと、大いにうなずけた。
また、前回の来日時にインタビューした時、監督は「これまで自分の監督作において妥協をしたことがない」という力強い発言をしていた。今回ここまでのビッグプロジェクトを成功に導いた勝因について聞いてみると「それは、僕のほうが知りたいよ」と笑いながら「毎回、戦いなんだ」と答えてくれた。
「本作はある程度、大きな予算を取れた映画だと言える。でも、予算があればあるほど、表現の自由を求めて闘わなければならない。小規模の映画だと自由がきくから、そこまで戦わなくて良いのだけど。そういう意味で本作は、すごく闘ったタフな映画になったよ」。
どこまでもカッコいい、闘う男、ヴィム・ヴェンダース。絶望的な状況下で描かれる、究極のロマンス『世界の涯ての鼓動』は、映像美もすばらしいので、ぜひ劇場で堪能して。
取材・文/山崎 伸子