馴れ合いなしの”同志”、池松壮亮と蒼井優が『宮本から君へ』の修羅場シーンを語る
役者としての人気や実力はもとより、魂を込めて作品に向き合う姿勢においても、まったく引けを取らない日本映画界の逸材、池松壮亮と蒼井優。彼らがドラマに続いて共演した映画『宮本から君へ』(公開中)は、2人の最強タッグに加え、原作者の新井英樹や真利子哲也監督らスタッフ陣の情熱も相乗効果となり、すさまじい映画に仕上がった。もはや“同志”という印象を受ける池松と蒼井に、本作への想いと、お互いの信頼関係について話を聞いた。
池松演じる主人公の宮本浩は“金なし、コネなし、勝ち目なし”だが、常に全力投球で、ブレーキもかけずに壁へと突進する熱血営業マンだ。ある日、晴れて恋人となれた中野靖子(蒼井優)が、壮絶な悲劇に見舞われる。しかも、宮本がすぐそばにいながら。そのことを知った宮本は激昂し、靖子のために決死の闘いに挑んでいく。
「僕は宮本とは違い、社会に迎合して生きてきた」(池松)
もはや現代社会においては絶滅危惧種と言えそうな暑苦しい男、宮本だが、なぜか彼の奮闘劇を観ていくうちに、その真っ直ぐさや誠実さにほだされていく。演じた池松すら「ここまでかっこいい男に出会ったことがない」と羨望の眼差しさえ向けるのだ。
「僕は宮本とは違い、社会に迎合して生きてきたし、正論だと思うことにも蓋をしてきた人間です。いわば社会で生きるために、処世術をちゃんと身につけてきました。でも、宮本は、自分が正しいと思ったことを押し通すために周りを蹴散らしていくんです。他人に歯向かいますが、実は自分にも牙を向けるし、一番かみついているのは、一貫して自分自身なんです。こんなに正しい人が世の中にいるのかと」。
蒼井は、宮本について「少なくとも靖子にとっての宮本は、めちゃくちゃヒーローでした」と捉えた。「特にプロポーズした瞬間は100%のヒーローだったけど、その時の靖子にもう少し心の余裕があったら、『宮本、まずは落ち着いて』となったかもしれない。ヒーロー像は、わりと移りゆくもので、そのときの自分のコンディションにもよるのかなと。そういう意味で、私は絶対的なヒーローって想像したことがないかもしれない。小学校の時、学校で『人に長所があるとしたら、それは短所でもあるし、短所は長所でもある』と習ったんです」。池松はその言葉を受けて「すごい学校ですね。すごく正しいと思う」と感心する。
「必死に池松くんをビンタしたら、ポタポタと血が落ちていました」(蒼井)
何度か共演経験がある2人だが、本作の撮影前に、同ドラマの収録と、塚本晋也監督作『斬、』(18)でがっつり組んだことで、より一層の信頼関係を持って現場に臨めたそうだ。池松に蒼井が共演相手で良かったと思う点について聞くと、「全部です」と言いながら、靖子との食事のシーンを例に挙げた。
「宮本はご飯を口いっぱいに含んでしゃべるので、ごはん粒が飛びまくってしまって。まあ、2人の関係性ありきで、蒼井さんだからいいかと思いましたが、あとから考えれば、女優さんにご飯粒を飛ばしたらダメだなと(苦笑)。でも、あの瞬間は『もっとやっちゃえ』と思いながらやっていました。それは2人が宮本と靖子という関係性でいられたからだと思います」。
蒼井も池松について「心から頼りになる存在」だと言いながら、かなりインパクトのあるエピソードを話してくれた。
「靖子が宮本をずっとビンタをするシーンがありました。私は人をビンタしたことがなかったのですが『映るからちゃんと叩いてください』と言われたので、ズレたら悪いからと思って、家の柱とかで練習をしたんですが…」と言う蒼井に、池松が「蒼井さんは、普段そういうシーンがあっても、基本的にはぶたないそうなんです」と蒼井を気遣い、口を挟む。
「以前彼女は、芝居で思い切りビンタされたことがあり、いまでもトラウマになっているそうなので。実はドラマでもぶつシーンがあったのですが、その時もしていません。でも、今回は『どうしてもください』となったので殴ってもらったんです。そしたら、1発目に鼻血が出ちゃって」。
蒼井は「必死に池松くんをビンタして、カットがかかってから、ぱっと彼の顔を見たら、ポタポタと血が落ちていました。けっこうな鼻血で(苦笑)。その時は本当に申し訳ないと思い『ごめんなさい』と言ったけど、本当に池松くんで良かったなと思いました」と申し訳なさそうに語ると、池松は「全然大丈夫です」と屈託ない笑顔を見せる。
そのシーンを含め、本作には肉体的にも精神的に過酷を極めるシーンがたくさんある。特に、宮本と、一ノ瀬ワタル演じる“宿敵”真淵拓馬とが、非常階段でバトルを繰り広げるシーンには息を呑む。階段はマンションの8階の高さで外にせり出していて、一歩間違えば命取りとなる。
池松はそのシーンを語る前に、2か月で体重を33kg増量して真淵役を作り上げた一ノ瀬の役者魂を称賛する。「すごいでしょ。もう世の俳優は『何kg増やした』とか自慢できなくなってしまう。2か月で体重を30kg以上も増やした人はいないですから。一ノ瀬さんは現場でも卵を20個飲んでいました。寝返りすると上と下から出ちゃうらしいんですが、そこまでやる人は初めてでした」。蒼井も「電車に乗りづらいと言ってました。トイレに行きたいと思っても、間に合わなくなりそうだから」と目を見張る。
池松はそんな一ノ瀬の役作りに心から感謝したそうだ。「彼があれだけの身体を作ってきてくれたので、僕も頑張るしかなかったです。もともと格闘家の方なので、いままで向き合った人のなかで、一番痛かったけど、楽でした。体幹がすばらしかったし、信頼もしていたので。ただ、あの撮影が終わってから1週間くらいは、階段から落ちる夢を見ました」。
蒼井も一ノ瀬とは、かなり修羅場のシーンに臨んだ。「あの非常階段でのシーンがあったから、私自身は自分のシーンが大変だとは言いづらかったです。とにかく全体的にカロリーの高い現場で、へとへとに疲弊しました。体力や気力を使い切ったあとで、すぐ復活させなきゃいけないような現場でしたから。ずっと重量上げをさせられている気分でしたが、横で一生懸命、同じように上げている池松くんがいてくれたので」。池松も「アスリートみたいだった」とハードな撮影を振り返った。
「蒼井さんは、もはや敵なしだと思いました」(池松)
池松と蒼井は、池松がドラマ初出演を果たした「うきは〜少年たちの夏〜」や、初めての主演映画『鉄人28号』(04)など、節目節目で顔を合わせている。池松が「なんか不思議です。実家も近いし、何年かに1回は必ずお会いするし、今回は『斬、』と『宮本から君へ』と、2本連続でプロモーションも含め、3年くらいずっと一緒にやっている気分でした」と言うと、蒼井も「やっぱり塚本組で一緒だったことが大きかった」と『斬、』の現場でも2人がお互いに励まし合っていたことを明かした。
池松は「本当は撮影順が逆でしたが、『宮本から君へ』が遅れて良かったと思います。塚本組での関係性をそのまま持ち込めましたから」。
池松は、今回の共演を経て、改めて蒼井の凄みを実感したようだ。「蒼井さんの芝居に対する価値観をある程度を知ったうえでの共演でしたが、今回は『斬、』とは違うアウトプットの仕方を目撃することができました。まあ、すごい部分がさらに更新された感じで、もはや敵なしだなと思いました」。
蒼井は「いえいえ」と首を横に振りながら、池松について「隣にいて言うのは恥ずかしいですが、池松くんのことは尊敬しています」と真っ直ぐな瞳で話す。
「でも、現場で馴れ合いになることはないです。楽なふうに動くと、すぐにバレてしまうと思うから。そこの緊張感を持ちながら池松くんと共演すると、もの作りに対するマナーや誠意が、完璧にできあがります。それを踏まえたうえで、手放しで楽しめるし、無防備に苦しめる、という感じですね。本当に心強いです」。
2人が全身全霊で挑んだ『宮本から君へ』は、現代の日本にパンチを食らわせる1作だ。壮絶すぎる愛の試練とその結末を、しっかりと見届けてほしい。
取材・文/山崎 伸子