「『ダークナイト』は覚えていなかった」“ジョーカー”はいかに生まれたか?ホアキン・フェニックス ロングインタビュー【後編】
クリストファー・ノーラン監督の『ダークナイト』(08)でヒース・レジャーが演じたジョーカーは、映画ファンのみならず世界中に大きな衝撃を与えた。それに加えて、ヒースの突然の死によって神格化されたといっても過言ではない。同作を公開当時に観たというホアキンは、「彼のジョーカーはすごくパワフルで素晴らしい解釈だった」と称賛する。また、それ以前にも名優ジャック・ニコルソンが演じたジョーカーのイメージも根強い。はたしてホアキンは、どのようにして“ジョーカー”という役柄に挑んだのだろうか?
「僕にとっては、独自のキャラクターを創りだしたと感じることが重要だった」
――ジャック・ニコルソンやヒース・レジャーと、これまでも様々な俳優たちがジョーカーを演じてきました。過去のジョーカーについてどのようにお考えですか。また、お気に入りのジョーカーは?
「僕は子どもの時、ティム・バートン監督の『バットマン』を観てジャック・ニコルソンが演じたジョーカーを知ったんだ。でもそれ以来一度も観ていないから、正直なところジャックのジョーカーはあまりよく覚えていないんだ。それからヒース・レジャーがジョーカーを演じた『ダークナイト』も公開時に観ていて、僕はずっとその映画全体を覚えていると思っていた。でもこの映画を終えたあとに、改めて観てみたら僕は『ダークナイト』のほとんどを覚えていなかったことに気が付いたんだ。それはつまり、キャラクターを高く評価するためにそのキャラクター全体を覚えている必要はないということなんだ。たった1つのシーンでヒースはキャラクターの心理的、感情的な幅広さを全体に伝えることができていた。そしてその1シーンだけで観客に大きなインパクトを与えることができた。だから間違いなくそれは本当にすばらしい演技としか言いようがない。でも僕にとっては、独自のユニークなキャラクターをクリエイトしたと感じることが重要だった。だからヒースのジョーカーは、僕とはまったく違うところからやってきた存在だと思う。
僕にはジョーカーだけでなく、アーサーという男を掘り下げることができるという利点があった。そして映画全体を、それを理解しようとすることに捧げることができた。ヒースはあくまでも助演の役を演じていて、いくつかのシーンにしか出てこない。彼はそれでもすごく多くのことを伝えることができたと思っているよ」
――あなたがジョーカーを演じるうえで、ジョーカーに限らず参考にした映画のキャラクターや人物、また影響を与えられたものがあれば教えてください。
「意識的に参考にしたものはないよ。そうだね、でも間違いなくたくさんあると思っている。正直に言って、僕はジョーカーをどうやって演じればいいのかはっきりとわかっていなかったんだ。たくさんのアイディアを持っていたけれど、それがなにかはわからなかった。でも『マレー・フランクリン・ショー』のシーンを撮影している間に、彼の本来の姿が出てきたんだ。後で考えてみたら、それはフランクン・フルターだということに気が付いたんだ。『ロッキー・ホラー・ショー』に出てくるフランクン・フルターだよ。そこで突然『オーマイゴッド、僕は完全に影響を受けていた』と気が付いた。なぜなら僕は子どもの頃『ロッキー・ホラー・ショー』が大好きだったからだよ。僕がいつも演じることができればいいなと願っていたキャラクターのひとつでもあって、彼は最も素晴らしいキャラクターなんだ。
それからもう1人、これは僕も気付いていなかったんだけれど、あるセリフをほとんどアクセントのような特定のリズムで言っていたんだ。僕は自分の中で『一体それは誰なんだ?なぜ僕はああいうセリフの言い方をしているんだ?』と自問自答した。そこでようやく『おお、これはキャサリン・ヘップバーンだ』とわかった。『オーマイゴッド、僕はキャサリン・ヘップバーンを演じているんだ』。アーサーは世界から孤立していて、テレビと映画を観て育ってきた。彼はその世界がリアルだと思っていたんだ。例えば彼の洋服の着方は、そういったことに基づいているね」
――非常に強い影響力を持つジョーカーというキャラクターですが、撮影が終わった後、彼から抜けだすことはできましたか?
「自分が演じているキャラクターと自分は違う存在だとはっきり意識している状態だったら、それは演技がうまくいっていないということなんだ。僕は役に取り組むとき、自分とキャラクターとの距離がなくなることを理想としているからね。撮影が進むにつれて僕が役柄そのものになり、僕がやることすべてが彼のやることという状態になれば、それは最高だ。僕の生活のすべてがこの映画に焦点があわされていて、この映画に関わっている人たちすべてが僕の世界の一部になるんだ。
だから撮影が終わって家に帰ったときに、役柄から抜けだすとか、撮影現場に置いてくることはないんだ。だからと言ってキャラクターのなかに居続けるというわけにもいかないから、頭のなかにある役柄の流れを維持する努力だけを意識的にやっているということだ。家に帰ると前の週に撮影したものを観てみる。その後次の週の撮影ではどういう風にやるのかをプランを立てる。もし間違った演じ方をしてしまったと落ち込んだ時にはトッド(・フィリップス監督)に電話をして、彼を殺してから自分も自殺すると脅迫するんだ(笑)。そこから上手くできたシーンの話をして、これから撮影するシーンをどうするかを話し合う。だから僕が意識的にこの映画のことを考えなかった時間は、寝ている時だけってことになるかな。関わっている映画の世界が僕のすべてになる。いつもそうなんだ」
こうして新たな代表作を得たホアキンは、本作の演技で来年のアカデミー賞の主演男優賞最有力候補の一角として謳われている。3度目のノミネートと悲願の初受賞なるのか、大いに注目したいところだ。すでに公開された日本やアメリカでは、早くも様々な反響を巻き起こしている本作。ホアキンの渾身の演技と、アメコミ映画の歴史を塗り替える衝撃作を、是非とも劇場の大スクリーンで堪能してほしい。
文/久保田 和馬