濱田岳のトホホな夫と、水川あさみの恐妻ぶり!『喜劇 愛妻物語』は足立紳の実体験!?
『百円の恋』(14)の脚本家、足立紳が、『14の夜』(16)以来、3年ぶりに監督&脚本を手掛けた映画『喜劇 愛妻物語』が、10月28日(月)より開幕する第32回東京国際映画祭(TIFF)のコンペティション部門に出品される。本作は、足立監督自身の体験を基に執筆した小説「乳房に蚊」の映画化作品で、愛すべきダメ人間を描かせたら天下一品の足立節が炸裂した人情喜劇になっている。足立監督にインタビューし、本作の製作秘話とTIFFへの想いについて話を聞いた。
うだつの上がらない脚本家の豪太に、ものすごい速さでうどんを打つ四国在住の女子高生を取材して脚本化してほしいという依頼が舞い込む。早速、家族3人でシナリオハンティングの旅に出た豪太だったが、現地に着くと、すでに別チームによる映画化が決定していた。
主人公となる自意識過剰のダメ男、豪太役を濱田岳が、夫に罵倒を浴びせるしっかり者の妻、チカ役を水川あさみが、その娘アキ役を人気子役の新津ちせが演じる。
「濱田岳さんは、日本では数少ないすばらしい喜劇役者です」
「最初のプロットは、僕たちが四国の旅から帰ってすぐに書いたものです。映画のシナリオにしようと思っていたのですが、なかなか映画にできず、たまたま『小説にしませんか?』という話をいただいて執筆したのが『乳房に蚊』です。そこからようやく映画化が決まり、少しでも観客の間口を広げようと制作サイドとも話し合って、タイトルを『喜劇 愛妻物語』としました。新藤兼人監督が撮られた、売れないシナリオライターと奥様である乙羽信子との映画『愛妻物語』のパロディのような感じでつけたんです」。
豪太役の濱田については「日本では数少ないすばらしい喜劇役者です」と全幅の信頼を寄せてオファーしたが、実際に濱田が演じた豪太を見てそのハマリ具合に驚いたそうだ。「さすがは濱田さん。すごくダメな感じがよく出ていましたが、あまりにもリアリティがありすぎて、ちょっとヤバいんじゃないかと思ってしまいました(笑)。もちろん、ご本人はちゃんとした方ですが、一瞬、演技でやっていることを忘れてしまうくらい、本当のダメ人間に見えたんです」。
水川扮する妻のチカが、豪太に罵詈雑言を浴びせるシーンについても「この映画の一番の見せ場だとも思っています。僕は、時代劇の殺陣さながらに、言葉による暴力のシーンだと思って演出しましたが、すごくいい感じに仕上がっています」と手応えを口にする。
ちなみに、実体験がベースになっているということは、足立監督の奥さまもチカのような方なのだろうか?
「しっかり者と言うと聞こえがいいのですが、実際に僕を罵倒する言葉に関しては、家庭内パワハラ&モラハラです(笑)。そういう時の妻は、言葉が湯水のように出てきますね。もちろん僕自身は凹みますし、自分も上乗せして言い返すこともあります。ただ、その罵倒は、良く言えば叱咤激励だとも思いますので、こういう夫婦もあっていいかという“肯定力”みたいなものも伝わるといいかなとは思いました」。
濱田と水川に負けず劣らずの存在感を放っている娘役の新津は、映画「3月のライオン」シリーズで注目され、初主演映画『駅までの道をおしえて』も公開中の小さな演技派女優だ。彼女は、『天気の子』(公開中)の新海誠監督を父に持ち、米津玄師がプロデュースした楽曲「パプリカ」を歌う音楽ユニット「Foorin」のメンバーでもある。「この台本でワークショップをした際に、彼女がおかあさん(女優の三坂知絵子)と一緒に参加されていて、そこでやってくれた演技がすごく良かったので、オファーしました。ののしり合う夫婦の間にいる佇まいや表情がとてもいいんです。現場では大人の俳優と同じように演出していきました」。
「脚本を書くよりも、現場で皆さんと一緒にものを作るほうが千倍楽しい」
毎回、身も蓋もない男のダメっぷりや、女のたくましさを、活き活きとした台詞回しで描き、高い評価を得てきた足立脚本。『百円の恋』では第39回日本アカデミー賞最優秀脚本賞も受賞しているが、足立監督自身はもともと映画監督志望で、相米慎二監督などの助監督も務めている。
「僕は助監督をやっていたので、現場が好きなんです。それで、早く監督になりたいという想いから、シナリオライターで売れっ子になるのが手っ取り早いと考えました。二十数年前は、いまみたいに機材が手軽に手に入らなかったし、自主映画を撮るにも、お金がかかりましたから。でも、その考え方がどんなに甘かったかを、あとになって思い知る羽目になりました(苦笑)。実際それは、映画監督になるための近道にも全然ならなかったです」。
脚本を書いていけばいくほど、あるジレンマに陥っていったという足立監督。「家にこもり、1人で孤独に脚本を書く作業が、実は自分に向いてないということに気づいてしまったんです。みんなで現場に入って、一緒にものを作る作業のほうが千倍楽しいので、脚本家は向いてないのかなと。ただ、たくさん脚本を書いたので、修行にはなりました」。
こうして脚本のスキルが磨かれ、いまや脚本家として引く手あまたとなった足立紳。近作だと、『きばいやんせ!私』(19)や「連続ドラマW 盗まれた顔〜ミアタリ捜査班〜」、『嘘八百 京町ロワイヤル』(2020年1月31日公開)など、武正晴監督とのタッグ作3本や、日向寺太郎監督の『こどもしょくどう』(19)など、良質な人間ドラマを手掛けている。
そんななか、監督としてもクレジットされた『喜劇 愛妻物語』で、手塚眞監督作品『ばるぼら』と共に、TIFFのコンペ入を果たした。「『14の夜』もスプラッシュ部門で上映されましたが、今回はコンペなので、会場が大きくなるのがうれしいです」と足立監督は喜ぶ。
また、足立監督自身も「TIFFを大いに楽しみたい」と笑顔を見せる。「僕は、自分の作品がかからない年でも、毎年TIFFには通っていて、けっこうな数の映画を観ています。やはり国際映画祭ということで、普段はなかなか観ることができない国の映画がいっぱいかかるので、そういう映画を観る楽しみがすごく大きいんです。だから、今回もたくさんいろんな映画を観たいと思っています」。
取材・文/山崎 伸子