『ひとよ』佐藤健「器用な役者ではなく、魂で乗り切るしかないタイプ」
「 “魂の一点突破”で、そこだけを売りにしてきた」
鈴木が演じる大樹は、吃音が原因で、人とのコミュニケーションに苦手意識を持っている。NHK大河ドラマ「西郷どん」のあとに本作の現場に入ったという鈴木だが、これまでにない新鮮な役どころとなった。佐藤は鈴木について「お互いに器用な役者ではなく、魂で乗り切るしかないタイプなので、個人的に自分と近いものを感じています」と分析している。佐藤、鈴木とも、いまや人気実力を兼ね備えたトップスターだけに、“不器用”という表現が正直しっくり来ないが、佐藤は「2人とも全然器用なタイプじゃないです」と繰り返す。
「もちろんお互いに経験を積み、いろんなテクニックを身に着けてきたとは思いますが、少なくともデビューした当時は、そういう技を一切持ってない状態でした。2人とも “魂の一点突破”というか、そこだけを売りにして、ここまで上ってきたところが共通項かなという部分があります。『天皇の料理番』で共演した時、つくづくそう思いました」。
確かに「天皇の料理番」では、20kgも減量して役作りをした鈴木の役者魂が話題となった。“魂の一点突破”と言えば、佐藤も「るろうに剣心」シリーズをはじめ、常に作品に対して全身全霊で臨むタイプだ。「やっぱり見られる仕事なので、ダサい姿やカッコ悪い姿を見せたくない。それがモチベーションに直結していると思います」。
かといって、舞台挨拶やインタビューなどでは、決して過剰なセールストークで自分を売り込むことはしない佐藤。すなわち、黙々と陰で努力してきたタイプで、そこも実にカッコいい。
取材についても「かなりナチュラルです。自然としゃべりたい時はしゃべるし、しゃべりたくなかったらしゃべらない。僕はかなり自分に対して正直なほうなので、仕事だからといって、自分を偽るのがあまり好きじゃないですね。そこは昔から変わってないです」と聞いて大いに納得。
そんな佐藤が、白石組について「もっとハードで、空気も重い現場だと想像していたら、全然そんな感じじゃなかったです」と、一瞬、拍子抜けしたような感想を述べたのかと思ったら、それは大きな間違いだった。「実際にできあがった作品を見たら、本当にすばらしくて。やっぱり白石作品らしい重厚感がありました」と興奮しながら作品を称えた。
クライマックスでは、白石監督作らしい、ダイナミックなカーアクションも体験した佐藤だが、そこでも「現場はただ淡々と進むので、現場のテンションと、できあがった映像の出来にはかなり差があったと思います」と驚きを隠せない。
「おそらく白石監督は、そういう画を撮るのが上手なんだと思います。例えば、本当に危険なことをやったからと言って、ちゃんと危険そうに見せられるわけじゃないし、その逆もあります。白石監督は、常に撮りたい画にも迷いがないし、だから撮影も早いです。本当にすごい監督だなと思いました」と感嘆した様子。
すでに白石監督作のなかでも最高傑作と呼び声の高い『ひとよ』。感情のうねりが激しい、フォルテシモな映画だが、観終わったあと、心地良い余韻を残す人間ドラマとなっている。佐藤にとっても、また、新しい代表作の誕生となりそうだ。
取材・文/山崎 伸子