【連載】『松本花奈の恋でも恋でも進まない。』第15回 まだまだお化粧、上手くないけど。

コラム

【連載】『松本花奈の恋でも恋でも進まない。』第15回 まだまだお化粧、上手くないけど。

【写真を見る】松本花奈監督の好評連載、第15回は「まだまだお化粧、上手くないけど。」
【写真を見る】松本花奈監督の好評連載、第15回は「まだまだお化粧、上手くないけど。」イラスト/あわい

「DVD&動画配信でーた」にて好評連載中の、注目の若手監督・松本花奈による日々雑感エッセイ「松本花奈の恋でも恋でも進まない。」。第15回は、化粧にまつわる、小学5年生のときの担任の先生との思い出について。

 

まだまだお化粧、上手くないけど。

大学1年の冬頃までずっと、学校の先生になるのが夢だった。ただちょうどその翌年からいくつか撮影が重なったりして、結果私は教師とは別の道を選んだ。

 

それでも今、教師という職業への未練が全くない“わけではない”のは、私自身が学校で本当に教えてほしかったと思うことが多くあるからだ。

 

例えば…税金や確定申告のこと、空港のシステム、他にも社会にはどんな職業があるかなど、大人になる前に知っておきたかったとしみじみ感じる事柄が実は沢山あるのではと思う。

 

そんなことを考えているといつも思い出すのが、小学5年生の時の3人目の担任、水樹先生のことだ。

 

私が小学5年生の時のクラスは、典型的な学級崩壊を起こしていた。そのせいで担任の多くが手に負えず辞めていき、3人目の担任となったのが水樹先生だった。当時でおそらく20代後半くらいだろうか、切れ長の目をクシャッと潰し、いつもニコニコしている人、という印象だ。どんなに皆が暴れようとも「なんや、えらい体力あるなあ」と常に飄々としているのだ。

 

ある日の放課後、日直で教室に残っていた私に水樹先生は「松本は、最近何に興味があるん?」と聞いてきた。「特に」と言ってそこで会話が終わってしまうのではさすがに味気ないと感じた私の口から出た言葉は「化粧」だった。

 

私の母は少し変わっていて、面倒だからと毎日すっぴんで過ごしており、そのため家にはメイク道具なるものがほとんどなかった。だが小5ともなると友達らはそういったことへ興味をもち始め、その温度差にどうしても焦りを感じていたのだ。そう話すと水樹先生はカバンからおもむろに自分のメイク・ポーチを取り出して、「私が教えてあげるよ」と言った。

 

鏡に映る自分と水樹先生の顔を交互に見比べながら「先生から化粧、教わるなんて変な感じ」と言うと、「なんで?」とキョトンとされた。「だって、こういうことって普通、学校で教わることじゃないですよね」と返すと「ってか本当は、小学生のうちからあんまりやりすぎると肌に悪いんだけど。でも、学校で教わることと、家で教わること、外で発見していくことに線引きなんてないんだよ。世の中全部、ケース・バイ・ケース」といつも通り飄々と話していた。

 

それから10年。私はどうやら母の遺伝子をしっかりと引き継いでいたようで、あれ以降一向に化粧への興味が湧き出ることはなく、上達する気配もない。

 

けれどあの時、言葉にできない羞恥心とモヤモヤを救ってくれた水樹先生にいつか再会することがあったら、全力でお礼を言いたいと思うのだ。

 

撮影/加藤孔士朗
撮影/加藤孔士朗

 

●松本花奈プロフィール

短編『またね』がYouTubeで公開中&MOOSIC LAB 2019で上映
短編『またね』がYouTubeで公開中&MOOSIC LAB 2019で上映

1998年生まれ。映像監督。主な監督作に映画『脱脱脱脱17』('16)、『キスカム! COME ON, KISS ME AGAIN!』('20年4月3日公開)など。監督&脚本を務めた短編映画『またね』がYouTubeで公開中。12月21日まで開催中のMOOSIC LAB 2019でも上映される。

文/松本花奈

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