「シリアルキラーは普通の人間になりすますもの」来日した『テッド・バンディ』の監督が日常に潜む狂気を語る!

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「シリアルキラーは普通の人間になりすますもの」来日した『テッド・バンディ』の監督が日常に潜む狂気を語る!

12月5日、ユーロライブにて映画『テッド・バンディ』(12月20日公開)のトークショーが開催され、ジョー・バリンジャー監督と放送作家の町山広美が登壇。実際にあった事件を映画化したきっかけや脚本の魅力、今作を製作した理由などについて語った。

1970年代のアメリカにおいて、IQ160の頭脳と美しい容姿で司法やメディアを翻弄し、“シリアルキラー”の語源となった稀代の殺人鬼、テッド・バンディ。30人以上の女性を惨殺したとされる彼は、3度の死刑判決を受けたものの無罪を主張。ついには自らが弁護人となり法廷で徹底抗弁を繰り広げる。

世界を震撼させた殺人犯の裏側に迫ると共に、バンディの長年の恋人、リズの視点を通して善人としての彼の姿を描き、観客を予測不可能な迷宮に誘い込む本作の監督を務めたのは、ドキュメンタリーの分野で高い評価を受けるジョー・バリンジャー。記録映像やインタビューなどを通して、バンディに迫ったNetflixオリジナル作品「殺人鬼との対談:テッド・バンディの場合」でも監督を務めた彼は、劇映画とドキュメンタリーシリーズの両方のスタイルで“悪のカリスマ”とも評されるテッド・バンディを徹底的に掘り下げた。

舞台に登場するなり、観客に「映画はいかがでしたか?」と問いかけ、観客が拍手で応えると「それがなにより大切なことなので、うれしいです」とニッコリするバリンジャー監督。

これまでにも何度も映像化されているテッド・バンディの物語を映画化しようと思ったきっかけについて聞かれると、「2017年に、25年前『殺人者との対話』というバンディ絡みの本を書いた著者から突然連絡があり、『本を書くために取材したときのテープが出てきたので、これをもとにドキュメンタリーができないか』と相談され、そのテープを聴いてみたら血も凍るような内容だった。初めて殺人者本人の言葉で事件が語られているのを聞いて、これは面白いものができるんじゃないかと思い製作することになった」と、ドキュメンタリー版製作の経緯を明かす。

「ただ、その時は同じ題材で劇映画を作るなんて夢にも思っていなかった」そうだが、ひょんなことからハリウッド・ブラックリスト(評価されてはいるものの、なんらかの問題があり製作されていない脚本のリスト)にこの作品の脚本が入っていることを知り、その脚本を本作の主演を務めたザック・エフロンに見せたところ、すぐに「Yes」という答えが返ってきて、そこからはトントン拍子に話が進んだという。

「バンディの恋人、リズが書いた手記が元になったこの脚本のどこに一番魅力を感じたか?」という町山の問いには、「殺人者が殺人を犯しているところではなく、その人生のほかの部分が描かれているところ。殺人鬼がほかの人と同じように私たちの中の1人として普通に生活していることのほうが怖いのではないかと思った」と答える監督。

ドキュメンタリー作家として、これまで多くの実在する犯罪を描いてきた彼は「私たちはこういった犯人を“モンスター”だと思いたいが、実際にはそうではなく、『そんなことするはずがない』と思えるような人や、自分が信頼する人がそうだったりする。つまり、シリアルキラーは私たちに自分を普通の人間であると信じさせる力を持っているんだ。だからこそ、リズの視点から連続殺人鬼を描くほうがより怖いと思ったし、作る意義を感じた」と力説する。

本作を作ろうと思った理由の1つとして、「特に若い世代に“シリアルキラーは普通の人間になりすますもの”ということを知ってほしかった」ことを挙げ、「私には20歳と24歳のとても賢い娘が2人いるのですが、本作を作る前に彼女たちにテッドを知っているか聞いたところ、2人とも知らなかった。でも、これが逆に本作を作りたいという理由につながったんです。信頼してはいけない人を信頼することがいかに危険かということを伝えたかった」と話す監督。

また、「だからこそ、感情の上でリズと同じ経験をしてほしかった。観客には、連続殺人鬼の物語だと知っていても、リズと同じように『もしかしたらこの人はやってないんじゃないか?』という気持ちになってほしかったし、そのあとに『この人は恐ろしい人なんだ』とリズが気付いた時、観客もまた彼女と同じレベルの嫌悪感を彼に抱いてほしかった。観客には、自分がバンディを一瞬でもイノセント(無実)だと思ったことが信じられないと思ってほしかったんだ。なぜなら、今作は人を欺くプロセスを描写した作品でもあるから」と、本作にはシリアルキラーの巧妙な手口にだまされないように警鐘を鳴らす意味もあることを明かした。

リズがテッドと直接対決するラストシーンで「悪いのはあなたで、私じゃない」と言ったことについて、町山が「こういった事件が起こった時、よく被害者である女性のほうにも落ち度があるんじゃないかと言う人がいますが、そんなことはない。私自身、女性なら誰でも思い当たるような性被害に遭った経験を思いだして、リズの言葉に泣けたし、解放された。そう感じた女性は多かったのではと思う」と率直な心情を吐露すると、監督は「すごくうれしいです」とニッコリ。

「こういった題材を扱う時、被害者の方をリスペクトをするのはとても大事なことだと思っています。暴力描写を再現した場合、被害者にとっては人生の一番辛くて苦しい瞬間を再現することになってしまう。これはものすごく非礼なことだと考えています。だから今作ではそれはしていません」と、製作者としての被害者への思いを真摯に語っていた。

テッド・バンディに殺されなかったたった1人の女性だけが知る、衝撃の真実が描かれた本作を通して、卑劣なシリアルキラー、テッド・バンディの裏側をぜひ覗いてみてほしい。

取材・文/オチアイユキ

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    Prime Video Hulu