【連載】『松本花奈の恋でも恋でも進まない。』第16回 2年ぶりの涙
「DVD&動画配信でーた」にて好評連載中の、注目の若手監督・松本花奈による日々雑感エッセイ「松本花奈の恋でも恋でも進まない。」。第16回は、実家の黒猫、ミイタのお話。
2年ぶりの涙
実家で飼っている猫が9歳になり老猫用のキャット・フードに変えようと思っている、と母から電話があった。
「最近背中の毛がゴッソリ抜けて。まだ大丈夫だとは思うんだけど、いつ何があるか分からないんだから、年末年始くらいは実家に帰ってきなさいよ」と受話器越しに話す母の声が少しだけ震えているのが伝わってくる。
猫の名前はミイタという。魔女の宅急便のジジにそっくりな黒猫だ。実家で暮らしていた頃、私の休日の過ごし方は膝の上で眠るミイタをなでながらDVDを観ることだった。勉強をしていると机の上に乗ってきて、構って〜とお腹を出してくる姿がたまらなく愛おしく、友人知人からもらうプレゼントは大体何らかの黒猫グッズだった。それくらい私のミイタ好きは自他共に認める強いものであった。
ただ3年前に両親が祖父母のいる関西へと居を移し、私はひとり東京に残ることに。ミイタは両親に引き取られ、離れて暮らすことになった。
環境が変わることをいちばんに嫌う猫にとって、引っ越しは非常にストレスの溜まることだ。それ以来、ミイタの性格はどんどん野生化していった。以前までは抱っこをしたり、なでるとゴロゴロと喉を鳴らしウットリとしていたのに、引っ越してしばらくしてから久しぶりに会いにいった時には、抱っこをしようとしたら思いっきり引っかかれて逃げられてしまった。
その時はさすがに寂しいな、と思ったが私は私で東京でひとり、良くも悪くも充実した日々を過ごしていた。ものすごい速さで毎日は過ぎ去っていき、いつしかミイタのことを考える時間が生活の中から消えていた。
母の「いつ何があるか分からないんだから」という言葉は、「いつ死んじゃうか分からないんだから」に言い換えられると理解していた。
きっと以前の私だったらその場でもう大号泣だっただろう。それなのに、今は、おかしいくらい悲しい気持ちにならないのだ。全く自分が嫌になってしまう。あんなに大好きで、何よりも大切だったのに、たった3年離れただけで気持ちがこんなにも変わってしまうだなんて。
「電車来たから」と素気なく言い、母との電話を切ってまたいつものように満員電車に揺られていると、前触れなく涙が出てきた。人は忘れることができて、変わることができる、だから何度だってやり直せるんだってずっと思っていたけれど、忘れることが、変わってゆくことがこんなに悲しいなんて。
20歳を超えてから全然泣かなくなって少しは強くなったと思っていたのに、まだまだ自分、弱いじゃないか、クッソー。
●松本花奈プロフィール
1998年生まれ。映像監督。主な監督作に映画『脱脱脱脱17』('16)、『キスカム! COME ON, KISS ME AGAIN!』(4月3日公開)など。監督&脚本を務めた短編映画『またね』がYouTubeで公開中。
文/松本花奈