蒼井優、結婚後に「大きな変化が起きている」タナダユキ監督と語り合う“夫婦のカタチ”
大人のラブストーリー『ロマンスドール』(公開中)で、女優の蒼井優とタナダユキ監督が『百万円と苦虫女』(08)以来、映画では約12年ぶりにタッグを組んだ。「私にとって、蒼井さんは特別な女優さん」というタナダ監督からの絶大な信頼を受け、蒼井が移ろいゆく夫婦の形を大胆かつ繊細に演じ切った。蒼井とタナダ監督を直撃し、お互いへの信頼感と共に、「家族や幸せについて再確認している」という蒼井の結婚後の変化について語ってもらった。
タナダ監督の初めてのオリジナル小説を映画化した本作。園子(蒼井)にひと目惚れして結婚するが、自分がラブドール職人であることを隠している哲雄(高橋一生)。平穏で幸せな生活が続くなか、哲雄が仕事にのめり込むあまりにすれ違っていく2人だが、いよいよ夫婦の危機が訪れそうになった時、園子が胸のなかに抱えていた秘密を打ち明ける…。ラブドール職人の恋と結婚という型破りな設定から、高橋と蒼井という実力派の2人が夫婦のリアルな感情を体現。儚くも美しいラブストーリーに仕上がった。
「ラブドールの認知度が高まってきた。いまなら映画化できる」(タナダ)
タナダ監督が小説を発表したのは2008年のこと。あらゆる奇跡的なタイミングが重なり、映画化が実現した。タナダ監督は「小説を書いたころは、ラブドールに対する認知度もあまりなくて。でも2017年にオリエント工業さんが40周年記念展『今と昔の愛人形』を実施された時に、長蛇の列になるくらい話題になったんです。しかも並んでいた方の半分以上が女性。時代は変わったんだと思いましたし、いまならば映画化できるのではないかと思いました」と述懐。
さらに「小説を書いた当時、最初に褒めてくれたのが蒼井さんだった」と話す。「蒼井さんは『映画化しないの?』と言っていました。当時の蒼井さんは20代前半でした。園子は30代をイメージして書いていたので、その時はなかなか園子役を演じていただける人が思い浮かばなくて。時代が変わってきたことで『映画化できるかな』と思った時、断られるだろうと思ったけれど、やっぱり蒼井さんに一番に声をかけたかった。30代になったいまの蒼井さんに、ぜひ園子を演じてほしかった」。まさに機が熟したタイミングが訪れたのだ。
蒼井は「小説を読んだ当時、映画化する前提で執筆されたのかと思ったんです。その時はもちろん、私も自分が演じるとは思わずに読んでいましたが、タナダ監督は『映画化する予定はない』とおっしゃっていたので、驚きました。ですから私が園子と出会ってからは、だいぶ経つわけで。ずいぶん経ってから今回のお話をいただき、またタナダ監督に驚かされました」とニッコリ。するとタナダ監督も「私も引き受けてくれて驚いた!お互いに驚いたんだね」と顔を見合わせる。
「大胆な役どころも、まったく不安はなかった」(蒼井)
夫のよき理解者であろうとしながらも、胸のなかの秘密を打ち明けられない妻という、繊細な表現が必要となる難しい役どころ。大胆なベッドシーンもあるなど、飛び込むうえでは覚悟を要するような役柄にも思えるが、蒼井は「タナダ監督は、描きたいことがブレない監督。タナダ監督がどういう方かも知っているので、まったく不安はなくて。できるものならやりたいという思いでした」とキッパリ。「最近は男性に依存した役が多かったので、園子のような女性を演じたいとも思っていたんです。ものすごくありがたい!」と感謝する。
タナダ監督も、蒼井に並々ならぬ信頼を寄せる。「『百万円と苦虫女』で初めてご一緒させていただいて、蒼井さんは私のダメな部分もたくさん見てきたうえで、見捨てないでいてくれた女優さん」と語り、2人で大笑い。「そのころから一生ついていきます!くらいの思いを抱いているんです。ちょこちょこ会う機会もあるし、なにかまたご一緒したいと思っていたんですが、蒼井さんには、持って行って恥ずかしくないものをオファーしたいという思いが強くて。それくらい特別な女優さん」。
「一生さんと蒼井さんが夫婦を演じるのは新鮮」(タナダ)「一生さんは、私にとって親鳥」(蒼井)
夫の哲雄を演じるのは、高橋一生。妻への愛情をうまく表現できず、不器用さと面倒くささを持ち合わせた男性像を丁寧に作り上げている。タナダ監督は「以前から力のある俳優さんだと思っていたんですが、一生さんと蒼井さんが夫婦をやるということが、自分のなかですごく新鮮に思えた」と話す。「俳優として絶大に信頼しているお二人。『一生さんと蒼井さんが「ロマンスドール」の夫婦を演じるとどうなるんだろう』と、まず自分がそれを見てみたかった。絶対に作品を豊かにしてくれると思ったんです。実際に撮影をしてみても、こちらがなにを言うこともなく、哲雄と園子が生きる環境を整えてくださった。ものすごく助けていただいた」。
蒼井と高橋の映画共演は、『リリィ・シュシュのすべて』以来、約19年ぶりのこと。蒼井は「『リリィ・シュシュのすべて』は私にとって、映画デビュー作です。一緒のシーンはなかったんですが、中学校の先輩役で一生さんが出られていて。当時の私はまだ15歳くらいだったので、おそらく一生さんは20歳くらい。15歳から見た20歳って、とても大人だったんですよね。遠い、手の届かない存在なのに、初めての映画でご一緒した方というのは、なんだか私にとって親鳥のように感じてしまっていて(笑)。勝手に親近感を抱いていたんです。なにもできない自分を知ってくれている安心感みたいなものがある」と特別な想いを吐露。「今回の夫婦役では、一生さんが完璧にレールを敷いてくださった。一生さんだからこそ、私も園子になれたという実感があります」。
「いま自分のなかで大きな変化が起きている」(蒼井)
恋に落ちて結婚をしたはずなのに、愛しているはずなのに、すれ違っていく夫婦の心が描かれる本作。タナダ監督は「夫婦というものに興味があった」と明かす。
「ケンカしてもずっと一緒にいる人って、すごく不思議ですよね。私は持論として、“親子”というものは、子どもが成人したら離れた方がいい関係だと思っていて。一方、“夫婦”というのは血がつながっていないからこそ、なるべく一緒にいるための努力をした方がいいのではないかと思うんです。家族になると、お互いのことを“こういう人”だと型にはめてしまいがちなものですよね。でも血がつながっていない夫婦という関係は、相手を型にはめてしまってはいけないのではないかということを、描いてみたかった」。
昨年プライベートでも結婚という転機を迎えた蒼井だが、本作の夫婦像を通して「夫婦の数だけ、それぞれの形があるんだなと思った」そうで、秘密を抱えた妻については「これだけそばにいて、隠し事ができるのはすごいですよね。私は隠し事ができないタイプで、絶対に言いたくなっちゃう!『一体、秘密はなんでしょう』とクイズに出しちゃうかも(笑)」と楽しい家庭生活を送っている様子。
「第11回TAMA映画賞」の授賞式で、蒼井が「新しい一歩を踏みだす時期」と語ったのも印象深いが、「ずっとアウトプットし続けてきたので、今年はインプットもしたい」と胸の内を明かす。
「いまは『自分はどんな人なんだろう、自分はどこにいるんだろう』ときちんと確認する時期なんだと思っています。自分のなかから“出す”ことだけが、新しい一歩ではないと思っていて。“入れる”という作業に踏みだすことも、私にとって同じくらい大切な時間です」とまっすぐな瞳を見せながら、「新しい家族というものを体感することで、『家族とはなんぞや、自分の幸せとはなんぞや』ということも再確認している」と結婚後の心境の変化も吐露。
「おそらく台本の読み方や視点も変わってくるだろうし、外に出るものとしての変化はあまりなかったとしても、いますごく自分のなかでは大きな変化が起きています。日常や家族との時間も大切にして、たくさんインプットできる1年にしたいです」。タナダ監督との再タッグ、そしてますます進化していく蒼井のこれからも大いに楽しみだ。
取材・文/成田 おり枝