森下孝三監督「『ブッダ』は命の大切さを描いたエンターテインメント」
ここ数年、人気コミックの映画化が相次ぎ、ハリウッドなど海外からも熱い注目を集める。そんな日本の漫画文化の基礎を築いたのが、没後20年経ってもなお愛され続ける巨匠・手塚治虫だ。彼の長編作品「ブッダ」を映画化した『手塚治虫のブッダ 赤い砂漠よ!美しく』が5月28日(土)より公開される。後のブッダとなるシッダールタが、出家を決意するまでを描いた本作では、原作のコミックの壮大な世界観がスクリーンで展開される。だが、なぜ今、ブッダなのか? 本作のメガホンをとった森下孝三監督にインタビューを敢行し、作品に込めた思いを語ってもらった。
2500年前のインド。シャカ国で誕生した王子ゴータマ・シッダールタ(声:折笠愛)は、厳しい身分制度に人々が苦しむ階級社会に疑問を抱いていた。一方、奴隷として生まれた少年チャプラ(声:竹内順子)は、コーサラ軍に奴隷市に売られそうなった母親(声:吉永小百合)を救うため、コーサラ軍の宿営地を襲撃。その中で、ブダイ将軍(声:玄田哲章)の危機に遭遇したチャプラは、身分を隠したまま彼を救出。その栄誉が買われ、ブダイの養子となり、コーサラ国をさらなる強大な国へと飛躍させていく。
1972年から12年にわたって連載された漫画「ブッダ」は、手塚治虫が仏教の開祖ブッダの生涯に大胆なドラマ性を盛り込んだ名作だ。だが、「鉄腕アトム」「ジャングル大帝」など、タイトルを挙げればきりがないほど数多くの手塚作品が遺るなか、なぜ「ブッダ」だったのだろうか? 「『ブラック・ジャック』や『火の鳥』などもそうですが、手塚作品には確立された世界がある。なかでも『ブッダ』は宗教的なイメージもあり、映画化するには一番お金もかかるし、時間もかかる。一番難しい題材でした。でも『ブッダ』が長年読み続けられているのは、その物語がいつの時代背景にも当てはまり、るからです。広い世代に見てもらえる映画になると思ったので思い切って挑戦しました」。
森下監督はこれまで、テレビシリーズ「キューティーハニー」(73)の演出を手掛けるなど、数多くの作品に携わりながら、長年東映アニメーションを支えてきた重鎮。そんな監督にとっても、手塚作品の映画化には多くのプレッシャーがあった。そんななか、最もこだわったのは、わかりやすさだと話す。「アニメーションは絶対死なない超人も作れるし、ファンタジーな世界を得意としています。でも我々は今回、ブッダのリアル感を出したかったんです。イメージや先入観もあるかもしれませんが、できるだけ多くの人に見てもらうために、人間ドラマとして命の大切さを軸に描いたエンターテインメントとして完成させました」。わかりやすさとリアルを追及したからこそ、手塚作品独特のタッチから離れ、現代風のビジュアルが生まれたのだ。
やがて物語は、シッダールタ(青年期/声:吉岡秀隆)とチャプラ(青年期/声:堺雅人)という2つの異なる運命が交差することになる。光と影のような対照的なふたりの人生を描くうえでこだわった点は? 「シッダールタとチャプラは別々ではなく、どちらも人間の生きている姿。彼らはそれぞれ全然違う個性に見えても、そこには人間の生き方が散りばめられているんです。野心もあれば愛もある、悩みもある。彼らの感情のバランスを大事に描きました」。
また、声のキャストには吉永小百合や堺雅人、観世清和、吉岡秀隆ら名優たちが名を連ね、作品に深みを与えている。「映画が企画された頃から名前は挙がっていましたが、本当に吉永さんに引き受けてもらえるとは思っていなかったので、実際に映像から吉永さんの声が聞こえてきたときはびっくりしましたよ(笑)。チャプラ(青年期)を演じてくれた堺さんも、シッダールタ(青年期)の声を務めてくれた吉岡さんも、それぞれの役柄をとても理解している。手塚治虫先生の『ブッダ』という原作の存在は本当に大きいですね」。
最後に、もし手塚治虫が現在も生きていたら、「ブッダ」の映画化にどんな反応をするだろうか? 監督に想像してもらった。「手塚さんなら『自分が作る』って言うんじゃないでしょうか(笑)。手塚さんはキリスト教も描けば、ブッダも描く。そんな先生が一番興味を持っていたのが映画作り。もし今、お会いできたら『苦労した末に、こういうふうにたどり着きました』とお話しますね」。
映画は、本作を含む3部作で完結予定だ。原作ファンはもちろん、手塚作品に触れたことのない人も、今は亡き巨匠・手塚治虫の作品の映画化に挑んだ日本アニメの底力を、そしていつの時代にも通じる手塚作品の魅力を是非とも劇場で感じてもらいたい。【取材・文/鈴木菜保美】