綾野剛、大友啓史監督作『影裏』の自分は「信じられないくらい女の子だった!」

インタビュー

綾野剛、大友啓史監督作『影裏』の自分は「信じられないくらい女の子だった!」

熱かった現場を振り返った2人
熱かった現場を振り返った2人撮影/山崎伸子

近年、役者としての頼もしさと妙味が増してきた綾野剛と、「るろうに剣心」シリーズのヒットメーカー、大友啓史監督がタッグを組んだ、ヒューマンミステリー映画『影裏』(2月14日公開)。原作は沼田真佑のデビュー作にして芥川賞を受賞した同名小説で、大友監督は「誰もが持つ影の部分、裏の部分に踏み込んでいく作品」と捉え、人間の心の“影裏”をロケ地の岩手県盛岡市で自然美のコントラストと共に浮き彫りにした。そんな大友監督の演出について「盗賊でした」と、独自の言葉で賛辞を送る綾野と、大友監督を直撃した。

岩手に転勤してきた今野(綾野)が出会った同い年の同僚、日浅(松田龍平)。今野は、違和感なく自分の心に入ってきた日浅と交流していくうちに、心から彼に惹かれていく。ところがある日、日浅は突然姿を消す。今野は日浅の父に捜索願いを出すよう頼みにいくが、なぜか拒否されてしまう。やがて今野が知らなかった日浅の知られざる顔が浮かび上がっていく。

「震災後、いつか地元の盛岡で映画を撮ろうと思っていました」(大友監督)

転勤で岩手に移り住んだ今野(綾野剛)
転勤で岩手に移り住んだ今野(綾野剛)[c]2020「影裏」製作委員会

大友監督から「一緒にやりたかった」と、熱烈なオファーを受けて出演を快諾した綾野が「『お前を撮ってると、おもしろいな』と大友監督に楽しんでもらいたかったんです」と、気合十分に臨んだ今野役。綾野は完成した映画について「大友監督でなければ、ここまで人間の“影裏”が際立つ立体的な作品にはならなかったのではないかと。監督の撮ってきたドキュメンタリーやジャーナリズムと相まってできたのが本作、という気がします」と手応えを口にする。

東日本大震災が残した爪痕についても描かれている本作だが、盛岡市出身の大友監督は、当然ながら、地元でのロケには特別な想い入れがあったそう。「震災の大変な時、僕は故郷に戻れなかったので、地元になにもできなかったという負い目がありました。ちょうどNHKを退社しようという、自分の人生にとって大きな転機のタイミングで。フリー1作目の『るろうに剣心』の準備をしていたのですが、被災地にとってまず大切なことは衣食住であって、エンターテイメントになにができるのかと。映画を作ったところで、それがなにになるのか、と。ずいぶん自問自答しましたね」。

故郷である盛岡でロケを敢行した大友啓史監督
故郷である盛岡でロケを敢行した大友啓史監督撮影/山崎伸子

その後、故郷との関わりの中で自分にできることを探していたというが、そのヒントを、ある日、地元新聞のネットニュースで目にしたという。「震災の避難所で、友人がフィルムを借りて上映会を開いていたんですね。その時の写真を見たのですが、子どもやおじいちゃんの顔がすごく良くて。楽しそうで、輝いていて。衣食住はもちろん一番大事で、映像なんて本来生きていくためには要らないものかもしれない、と僕は思っていたけれど、そうじゃない、復興を進める中で、やはりエンターテイメントの力が必要とされる時が来るかもしれないと。そこから、自分の映画を通して故郷の仲間と繋がったり、映画祭に関わったりしていくなかで、やっぱり監督として、いつか地元の盛岡で映画を撮らなきゃと、ずっと密かに思っていたんですね」。

ただし、故郷で撮影するといっても、しっかりとしたクオリティのものを撮るということは譲れなかったそうだ。「それでようやく実現したのが『影裏』。10年近くかかりましたが、結果論だけど、すごくいいタイミングで、パズルがハマっていったように思います」とご満悦だ。確かに原作、綾野たちキャスト、芦澤明子ら撮影スタッフ、ロケ地など、すべてのピースが揃った本作で、大友監督は心の深淵を描く静謐なドラマを紡ぎ、新境地を開いた。

「自分が、信じられないくらい女の子だったので、怖かった」(綾野)

今野役に繊細なアプローチをした綾野剛
今野役に繊細なアプローチをした綾野剛撮影/山崎伸子

また、『楽園』『閉鎖病棟―それぞれの朝―』(ともに19)で、人間の深い心の闇を体現した演技が記憶に新しい綾野が、本作では驚くほどの“イノセントさ”と、哀しみにあえぐ苦悩を繊細に演じている。

例えば、今野が1人マンションにたたずみ、ブリーフ姿でジャスミンの鉢を愛でる姿にドキリとさせられる。その無防備さからは、そこはかとなくエロティシズムも漂う。大友監督は「あのシーンは、まさに撮影の芦澤さんの視点です。エロかったでしょ?」と笑う。

「フィクションというよりも、1人の人間のプライベートをのぞき見しているかのような感覚で、今回は臨みたかったんです。日浅が今野の家に訪ねてくるまで、物語は動かないように見えるけど、その時間がすごく贅沢で。今野の感情だけに注目して、僕も感情をできるだけ今野と同化させて、しかも芦澤さんの女性目線を借りて、丁寧に丁寧に撮っていきました。今野と日浅が出会ってからは、2人の小さな感情の揺らぎを逃さず撮る、という感覚でしたね」。

今野と日浅の関係性が大きく動くのは、2人が川辺で焚き火に当たりながら、些細な口論をするシーンだ。「あのシーンはとても大切な肝になるシーンですが、やり取り自体は痴話喧嘩を撮っている感覚で、1人でクスクスと、楽しみながら撮ってましたね」と言う大友監督。

【写真を見る】乙女チックな綾野剛…『影裏』の焚き火シーンが可愛すぎる
【写真を見る】乙女チックな綾野剛…『影裏』の焚き火シーンが可愛すぎる[c]2020「影裏」製作委員会

綾野は「あのキャンプでのシーンは、僕からしたら艶やかなものでしかなかったです。実際、映っている自分の仕草が、信じられないくらい“女の子”だったので怖かったですし。言い方を変えると、すごく媚を売っている。日浅に振り向いてほしいから、必死でしっぽを振りまくっていた」と、自分自身の乙女ぶりに思わずたじろいだそうだ。

その後、口論は予想以上の広がりを見せ、険悪な空気をまとっていく。大友監督がしてやったりな顔で「焚き火を見るシーン、表情の変化がすごかったもんね」と言うと、綾野は「僕、あの時、目が焼ければいいのにと思っていました。このままどんどん目の水分がなくなっていって、彼が見えなくなればいいのにと。『この恨み、果たします』みたいな感じで」と苦笑する。

「日浅に対して、『せっかくの特別な日なのにスーツなんかで来るな』と、今野は思ったわけです。せめてそれっぽい格好で来いよと。久々のデートに、寝癖をつけてこられたみたいな感じでした。ただ、たぶん僕は、どちらかというと普段は日浅側の人間なんです。だから今回、今野役を演じたことで、こういうところに気をつけなきゃいけない、と思わされました」と言うと、大友監督は「アハハ」と大笑いする。

「大友監督でなければ、“影裏”が際立つ立体的な作品にはならなかった」(綾野)

『影裏』は2月14日(金)より全国公開
『影裏』は2月14日(金)より全国公開[c]2020「影裏」製作委員会

良い演技を引きだすために、骨のある役者を追い込むことで知られる大友監督だが、綾野は「自分で自分を壊すことはあっても、壊されることはないので大丈夫です」と、監督の期待に応えていった。そうさせたのは、共演の松田たちキャストや、大友組のスタッフ陣たちの熱意だと、綾野は言う。

「大友監督を筆頭に、芦澤さんをはじめ、大友組は各部署の熱量がすごい。僕は俳優部として、大友組が楽しみだったけど、例えば美術部にしても、自分たちのパートは責任を持って準備してくれていて、撮影時には『あとは役者たち、頼むぜ』という想いを感じました。それらが僕を支えてくれたというか、それに尽きます。龍平もそうで、彼は普段から飲んでいる仲間の1人ですが、現場ではいつも知っている龍平もいたけど、『こういう点に対して疑問を抱くのか』とか、『すごく心血を注いでるな』と、いろいろな発見もありました。そういうことの積み重ねだった気がします」。

今野と日浅の関係性がしっかりと描写されているからこそ、日浅が姿を消したあとに、今野が見せる狼狽ぶりが痛々しい。大友監督は「予告もなく、突然大切な人を奪われた人は、いつかその人が帰ってくるのではないかという気持ちを捨てきれない。でも、今野は、自分が心を許した友人の別の顔を知らされていくことで、本当に彼がいたのかどうかさえ、わからなくなってしまう」と言うが、まさにそれは震災で愛する人を失った被災者にも共通する哀しみだ。

綾野も、この後半のシーンは、いたたまれない気持ちになり、演じることに必死だったそうだ。「本作のインタビューをすればするほど気づいていくのは、やっぱり大友監督は、綾野剛と今野という2人から、『どろろ』みたいにいろんな体の部位をちょっとずつ盗んでいったなということです」と、手塚治虫のマンガを例えに出して当時の心持ちを説明した。

それは、今野が感じた、最上級の喪失感を示しているのであろう。「この映画にとって、震災以降のシーン、もはやあの時は、僕自身も心しか残ってなくて。変な言い方ですが、もう消えるぐらいの状態でした」。

だが、そこも含めて、大友監督の計算どおりだったのではないか。大友監督は、今野と日浅の関係性について「本作はある種、片思いを描いている。なにかに恋い焦がれ、やがてああいうことになっていく。それをじっと見つめ、記録した映画なので、シンプルで普遍的な内容に至っていると思う。男も女もなくて、好きな人が突然いなくなったら、皆きっとこういう気持ちになるよねと」と言うと、演じた綾野も「ラブストーリーの素材がふんだんに入っている気がします」とうなずく。

さて、あなたは本作を観て、どんなものを受け取るだろうか。非常に懐の深い映画なので、役者の演技はもちろん、美しい映像からも浮かび上がる“影裏”の意味合いもかみしめてほしい。

取材・文/山崎 伸子

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