【特別寄稿】西川美和監督が語る“映画館愛“「映画館に行ける日を夢見て」
緊急事態宣言を受け、休業要請施設の対象となった映画館。外出自粛要請もあり、外に出られないいま、映画人たちはどのように過ごして、どのような気持ちで映画と、映画館と向き合っているのだろうか。『永い言い訳』『ゆれる』といった名作を発表してきた西川美和監督が、映画館への切望コメントをMovie Walker編集部に寄稿してくれた。
映画館に行ける日を夢見て
納期に追われていた映画の仕上げも延期になり、すっかり暇になりました。せっかくのチャンスなのに、私も劇場に行けません。代わりに観そびれていたDVDや、オンデマンドの作品をじゃんじゃん観ています。自宅のモニターで観ても、面白いものは面白いし、現実逃避もできる。ポップコーンやビールで浪費もしないし、途中でトイレにも行けます。
だけど何かが足らない気もします。気になっていた作品を映画館で観るために、無理やり仕事の都合をつけて、不器用にスマホをいじくって満席間際でチケットを取り、電車を乗りつぎ、ぎゅうぎゅう詰めのエレベーターで息をひそめ、挙句に前の席の人の座高の高さにがっかりするような、あのわずらわしさ。予告編を見て胸を踊らせ(あるいは「似たようなのばっかり」と毒づき)、そして暗闇の中で二時間前後、それ以外のことは一切せずに、とことんスクリーンに向き合う、あの時間。
どんな映画であれ、その日のことはよく憶えています。しおらしい日本人は劇場であまり大きな声をあげません。が、良い映画の時は、暗闇の中の空気が変わるのを感じます。名も知らぬ者同士が、息を飲んで、同じ光に見入っている。
ひとりぼっちで観に行って、感想を話す相手がいなくても、満員電車の中でパンフレットを読みながら感動を噛み締めて、今いる世界よりも一つ遠くへ行けたような気持ちで夜道を帰ります。月の見え方も変わります。劇場で観る映画は、「コンテンツ」ではなく「体験」になるのです。映画館に行ける日を夢見ましょう。その日のために、今日もすこやかに生きましょう。
西川美和
西川監督をはじめ、映画人たちも待ちわびる映画館のある生活。一日も早く事態が収束し、また映画館に行ける日が待ち遠しい。
文/編集部