第65回カンヌ国際映画祭総評

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第65回カンヌ国際映画祭総評

65回目のカンヌ国際映画祭が終わった。最高賞パルム・ドールはジャーナリストにも評判の高かったミヒャエル・ハネケ監督の『LOVE』に決定。わずか3年前に同賞を受賞したばかりの監督への授与に意外さを感じながらも、作品の質の高さ、モチーフの普遍性と厳しく崇高なテーマには確かに抜きんでたものがあったと納得されれる結果だった。妻の脳卒中で介護の日々を送ることになった老夫婦を演じたふたりの名優ジャン・ルイ・トランティニヤンとエマニュエル・レヴィに特別賞を、との声も審査員の中からは上がっていたそうだ。

カンヌ国際映画祭のコンペティション審査は審査員たちに一任されている。しかし、コンペティションの最終作品を選び、審査員を選ぶのは映画祭だ。そこに映画祭側の思惑とかけひきがある。

昨年、デンマークの監督のナチズムに対する発言が物議を醸し、騒動になり、映画祭は監督を「望ましからざる人物」と出入り禁止にせざるを得なくなった。そして下馬評では人気のなかったイスラエル映画に賞が一つ与えられた。後日、デンマークの監督への処置に対して、イランから「カンヌ国際映画祭はファシズムに対抗して始まった映画祭ではなかったのか」との抗議が寄せられたと聞く。昨年のカンヌはイラン政府が、反体制的な作品を作るということで、とある監督の映画製作を禁止したことを批判していたのである。

そして今年。カンヌはコンペの審査員にパレスチナ人女優を選び、イランの映画人抑圧を批判するエジプト人監督がエジプト革命のその後を描いた作品『AFTER THE BATTLE』と、イラン映画の巨匠キアロスタミが日本で撮影した作品『LIKE SOMEONE IN LOVE』をコンペに入れた。特別上映ではリビア革命のドキュメンタリーとホロコーストの生き残りであるポーランド人監督ロマン・ポランスキーについてのドキュメンタリーも上映した。このバランス感覚。カンヌは政治と社会を反映する、時代を映す映画祭なのだ。

今年のカンヌは65回目の記念年に当たる。レッドカーペットに華やぎもほしいし、若者も惹きつけたい。となるとアメリカ映画だ。コンペ22本中7本がアメリカ(の会社が製作した)インディペンデント映画であった。ハリウッドスターと若手の組み合わせの群像劇が多く、例年になく若々しい華やかさを醸し出していた。しかし、そのアメリカ映画の内容はといえば、ほとんどといって良いほど閉塞した社会と不況、先の見えない時代を舞台にバイオレンスで縁取られた人間ドラマを描くもの。禁酒法のヴァージニアの密造酒業者の三兄弟を描く『LAWLESS』、ハリケーンカトリーナ以降、失業者だらけのニューオリンズのはみ出し者と殺し屋の物語『KILLING THEM SOFTLY』、戦後直後をさまようまだ若きビートニクたちの群像『ON THE ROAD』、1969年のまだ人種差別の残るフロリダで殺人事件を追う新聞記者を描く『THE PAPERBOY』、拝金主義の近未来都市のフリートレーダーの一日を追う『COSMOPOLIS』、ミシシッピーの貧しい水上生活者の少年たちの成長譚『MUD』。主人公たちはアメリカの夢に裏切られた人々である。それぞれの監督の力量はわかるのだが、こうも血塗れぞろいだと、げんなりともしてしまう。同じ失業者だらけの現実を扱っても、ユーモアと希望をまぶした若者への応援歌に仕立てたケン・ローチ監督の作品『THE ANGELS' SHARE』が審査員たちを引きつけたのもよくわかる。アメリカ映画は結局一本も受賞には届かなかった。

今年は、フランス映画界の若き鬼才レオス・カラックス13年ぶりの長編『HOLY MOTORS』が出品されたことも話題であった。審査員の間でも最後まで受賞を検討されたそうだが結局果たせず。それでも拝金主義の象徴のような巨大なリムジンに乗り、パリの街を回りながら様々な人物を演じ分けていく(それぞれの人物はどこかティピカルでカリカチュアされた映画的人物なのだが)“ムッシュ・オスカー”に鬼才の復活を見ることができた喜びを感じた。

北の国々による南の国々の搾取をアイロニーとユーモアとエロスたっぷりに描いたドイツの作品『PARADIES:LOVE』もカラックス作品と共に審査員の話題に上ったそうだが、賞はメキシコのカルロス・レイガダス監督に監督賞、ルーマニアのクリスチャン・ムンギウ監督に脚本賞と落ち着いた。ふたりともカンヌが発見し、育て上げた監督である。監督賞作品『POST TENEBRAS LUX』はジャーナリストの評判は芳しくなくブーイングも出た。様々な格差が存在する土地で起こってしまった事件の被害者と加害者の家族を描きながら、魔の忍び込む人の心理やそれを誘う社会の仕組みなどについて実験的な映像表現で表した作品である。脚本賞と女優賞を獲得したルーマニア作品『BEYOND THE HILLS』は2005年に起きた事件を基にした物語で、孤児院の幼馴染、つまりチャウシェスク体制下の孤児であった女性ふたりが再会し、関係を修復しようとする。一人はドイツに住んでいるのだが、もう一人は修道女になっている。修道院で暮らすうち、そこになじまない訪問者は悪魔つきといわれ閉じ込められてしまう。この二本には地域的・歴史的な特性を見ることもできるが、現在の閉塞感に包まれた、宗教による贖罪すら助けにならなくなった社会や世界を反映させることもできよう。

グランプリを受賞したイタリアのマッテオ・ガローネ監督作品は『REALITY』。平凡な男がリアリティテレビに出演することで翻弄されるコメディだが、残念ながら見逃してしまった。男優賞を獲ったのはデンマークのトーマス・ヴィンターベルグ監督作品『THE HUNT』。児童虐待の濡れ衣を着せられ、コミュニティから弾き出され、追い詰められていく平凡な男を演じたマッツ・ミケルセンは、確かに名演であった。最後にジャーナリストにも人気があり、観客にも愛されたフランスのジャック・オディアール監督作品を紹介しておこう。マリオン・コティヤールが事故で両足を失ったシャチの調教師を演じた『LUST AND BONE』である。ベルギーからヒッチハイクで南仏までやって来た子連れの元ボクサーと出会い、彼女は生きる希望を取り戻していくのだが、無垢・無知・無責任なボクサーの方も人生を発見し、父親としての自覚をつけていくという物語。実話に基づいた物語でもあり、カンヌで上映した直後、全仏で公開、大ヒット中という。昨年の『アーティスト』のように、娯楽性と商業性にも富んだ作品のサプライズ受賞があるかと期待もしたが、やはりカンヌの審査員の好みはアートと実験、そして社会告発へと向いてしまうようだ。それがカンヌ国際映画祭の色、なのである。【シネマアナリスト/まつかわゆま】

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