『あなたへ』の降旗康男監督「高倉健さんは人としても俳優としても真っ直ぐな人」

インタビュー

『あなたへ』の降旗康男監督「高倉健さんは人としても俳優としても真っ直ぐな人」

高倉健が『単騎、千里を走る。』(06)以来、6年ぶりに出演した主演映画『あなたへ』(公開中)でメガホンを取った降旗康男監督。ふたりは『鉄道員 ぽっぽや』(99)をはじめ、数多くの名作を手掛けてきた黄金コンビだ。本作は、亡き妻の思い出をたどりながら、いろんな人々と触れ合っていくというロードムービー。本作で、高倉健は妻を亡くした男の味わい深い哀愁を漂わせている。その舞台裏について、降旗監督にインタビューした。

チャン・イーモウ監督作『単騎、千里を走る。』でも、日本が舞台のパートを監督した降旗監督。高倉を6年ぶりにスクリーンに戻した降旗監督だが、本作が『夜叉』(85)や『あ・うん』(89)のプロデューサーで故・市古聖智が遺した原案の作品だったことも大きかったという。「大筋は刑務所と港が舞台。その港が奥さんの故郷だという設定で、市古くんのいろんな思いが込もったプロットでした。でも、それは今より若い健さんを当て書いたもので、最初は限界灘の拳銃の密輸の話なども入っていたんです」。

そこで降旗監督は、脚本をアレンジしていった。「今まで健さんが演じた役は、いろんなしがらみを背負って、危ない方へ行かざるを得ないという主人公が多かった。でも、今の健さんに演じてもらうということで、そういう荒事を取り除いていったんです。もしかして年をとるってことは、そういったしがらみから自分を開放していくことかもしれない。だから、そういう主人公にしました。そういう意味では、健さんが今までにないキャラクターを演じられています」。

降旗監督は、映画における主人公の定義についても語ってくれた。「映画の主人公に関して言えば、失敗した人とか、負けた人とか、そういう人を描くことで、人間の面白さや可愛らしさが出てくるんじゃないかと思っています。別に、主演俳優を不幸にしなきゃいけないってことじゃないですよ(笑)。健さんが昔やっていたヤクザ映画だってそう。腕力ではいろんな人に勝てるけど、他では負けた人ですから。正確に言うと、負けた人、失敗した人の中にこそ、すっと人間の良いところが光るような気がしています」。

監督が語る自身の映画論も実に興味深い。「映画は“てにをは”、助詞がない芸術だと思っています。それは、映画を見た人がつけるべきだと。映画のテンポをつけるために、“てにをは”を付けた映画、説明しすぎる映画が結構ありますが、映画ってそうじゃないと思う。だから、『監督のメッセージは?』と聞かれると、答えられないから、いつも困るんです。映画は論文じゃないし、一つの画をいかに高いボルテージにするかということが一番大切。四角いスクリーンに一杯詰まっていればそれで良しです」。

監督は長年、高倉と組んできたが、高倉の魅力については「真っ直ぐに立っている。人としても俳優としても一本の道を真っ直ぐに歩いてらっしゃることかなと思います」と語る。また、『夜叉』や『ホタル』(01)に続き、本作でも相手役を務めた田中裕子との共通点についても話してくれた。「健さんって、演技をパフォーマンスだと考えていないんです。もし、そう考えていたら、どんな相手でも演技が変わらないけど、健さんは相手によって演技が変わる、役者ならざる役者だと思うんです。そして、裕子さんも同じタイプの役者さんで、似た者どうしなんじゃないかと。お互いにパフォーマンスじゃない芝居、自分自身を出した芝居をやるので、ふたりはしっくりくるし、そういうコンビはなかなかないと思います」。

最後に、高倉健への思いをこう語ってくれた。「健さんは僕にとってどういう存在か?と聞かれると、最近は『僕のアイドルです』と答えることにしています。こんな年になっても、まだ映画を撮りたいし、そうすると、やっぱり健さんの話になりますね」。

降旗監督と高倉健の名コンビによる『あなたへ』は、記念すべき20作目のタッグ作となった。長年、高倉と共に映画界の第一線を闊歩してきた降旗監督だからこそ、今の高倉の新鮮な表情を引き出せたのだと思う。是非とも貴重な大人の人間ドラマを堪能してほしい。【取材・文/山崎伸子】

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