北村一輝、「常に壁にぶち当たっている」。その時の処世術とは?
ギラギラとした野心や狂気に満ちた男役から、正義感にあふれたナイスガイまで、いろんな役どころで個性を光らせてきた北村一輝。彼の最新作は、名優・仲代達矢との二人芝居のシーンに息を飲む『日本の悲劇』(8月31日公開)だ。本作は、イラクでの日本人人質事件を題材にした『バッシング』(05)など、鋭い視点で社会の闇を見つめてきた小林政広監督作だ。北村にインタビューし、小林組での撮影秘話から、近年の俳優としてのスタンスについて話を聞いた。
北村は、『CLOSING TIME クロージングタイム』(97)、『海賊版=BOOTLEG FILM』(99)、『女理髪師の恋』(07)に続き、小林監督作への出演は4本目となる。「小林組に参加する時は、常に自分というものを捨てます。小林監督作は、作品性やメッセージ姓がすごく強いので、俳優として自分をどう見せようといった考え方は必要ないので。もちろん、前もってキャラを作れと言われれば作ります。『CLOSING TIME』のエイズの患者役では、髪の毛を切り痩せてくれと、『女理髪師の恋』では、坊主頭にしてくれと言われたのでそうしました。今回は、ただ人間でいてくれれば良いということでしたが、それは逆にとても難しかったです」。
『日本の悲劇』では、「無縁死」「貧困」「年金不正受給問題」といった社会の病理が描かれる。仲代が演じるのは、妻を亡くし、自分も手術をしなければ残り三ヶ月の命だと宣告された主人公・不二男役。北村は、父親と二人暮らしをする、無為無職状態の息子・義男役だ。ある日、不二男は、食事も水も拒否し、ミイラになると自室に閉じこもる。
北村は、仲代との共演で、とても感銘を受けたそうだ。「最初に脚本を読み、自分の父親に被せたりしていろいろと考えましたが、仲代さんと共演した時、本当に父親とダブったんです。何がすごいって、そう感じさせてくれたことがすごいなあと」。
また、小林監督のメッセージについては、こう感じ取った。「実際に隣の家で起きていてもおかしくないようなこと、自分の身近にある問題を浮き彫りにし、ちゃんと考えるべきなんじゃないかと訴えかけている。もうひとつは、息子って、いつも目先の物事しか見えず、自分の悲劇を悲観的にとらえたりするけど、親はもっと先のことを考えて行動するということです。子供から見ると、父親の行動は狂気に見えるけど、父親って実はもっと大きな目で先を見ているんじゃないかと。誰しも自分ひとりではなく、もっと大きな愛で見てくれる人がいるのに、たいてい気づかない。そういうことを考えさせられる作品でした。僕は、俳優じゃなく、人間としてこの作品に参加できたことをうれしく思っています」。
これまで要所要所で、筋金入りの役者魂を見せてきた北村。今の活躍ぶりは言うまでもないが、近年、初心に立ち返っていると話す。「デビュー仕立ての頃の気持ちに戻し、お芝居の勉強などを一からやり直しています。やっぱり常に発展途上でいたいというか、もっと上を目指したいから。19歳でこの仕事を始めた頃は、19年分の引き出しがあって、それらを俳優として出してきた。でも、それからずっと、俳優としてものを見てきていて、人間としてものを見る時間が少なくなってしまっている。ちゃんとそういう時間を作らないと狂うだろうなと」。
今まで俳優として、壁にぶち当たったことはないのだろうか?と聞くと「ない」と首を横に振りつつ「いや、普段からぶつかっているけど、それを壁に思うかどうかです」とのこと。「もしもスムーズにやりたいようにやっていたら、僕は今頃スーパースターになっていますよ。しょっちゅう挫折したり、落ち込んだり、失敗したりと、いろいろあります」。
彼はその壁を、どうクリアしてきたのか。「後悔するよりも、それが精一杯の判断だったから良かったと思わないとダメ。壁にぶつかり、どうしようと考えているだけじゃ、超えられるわけがない。要は受け取り方です。だって、今こうやって生きていて、仕事もあって、ごはんを食べられているってこと自体、十分な幸せですから。何か起こったとしても、それって死ぬほど大変なことなのか?と考えればそうでもない。死ぬまでは動けますし。上を見れば切りがない。でも、この仕事は夢を与えられるので、もっとやれるのならやりたいんです」。
どの出演作を見ても、常に役者としての熱を発している北村一輝。「初心忘れるべからず」という謙虚な姿勢と、龍がごとく、役者としてさらに高みを目指す向上心にはほれぼれしてしまう。そんな彼の渾身の1作『日本の悲劇』を、しかと受け止めてほしい。【取材・文/山崎伸子】