『許されざる者』の渡辺謙「綱渡りの撮影でしたが、豊かな時間でした」
渡辺謙が、第70回ヴェネチア国際映画祭に趣き、約10分のスタンディングオベーションに男泣きをした『許されざる者』が、9月13日(金)より公開される。本作は、クリント・イーストウッド監督・主演の第65回アカデミー賞作品賞受賞作を、『フラガール』(06)、『悪人』(10)の李相日監督が日本映画化したという野心作で、あふれる思いもひとしおだったに違いない。渡辺にインタビューし、撮影秘話を聞いた。
オリジナル版から日本に舞台を移して製作された本作。渡辺が演じたのは、幕府軍残党の釜田十兵衛役だ。今は刀を置き、妻なき後はひっそりと子供たちと暮らしていた。ある日、かつての仲間・馬場金吾(柄本明)から、ひとりの女郎の敵討ちの話を持ちかけられ、再び戦いの場に身を投じていく。
極寒の中で敢行された北海道ロケ。柄本明は、零下10何度の極寒のなかで拷問を受ける金吾役を演じて役者魂を見せた。渡辺はカットがかかる度に、スタッフと一緒に柄本を抱きかかえ、温かい場所に走ったそうだ。「制作部は『その場でタオルをかけ、ストーブを持っていきます』と提案したんですが、僕は『ダメだ。ここにいたら死ぬから』と言いました。だから、使ってないセット内で、暖を取れる場所を作ったんです。それで、4人で抱えてレスキュー部隊みたいに一気に運ぶ。そう対処するしかなかったので」。
予想以上の寒気は、演じる上で背中を押してくれましたか?と聞くと、「転びそうなくらい背中を押してくれました」と苦笑いする渡辺。「かなり綱渡りでした。北海道って、秋から冬にかけて寒暖差がかなりあるんです。雪が吹雪きすぎてもダメ、降らなくてもダメで、しかも撮影だから時間はかかる。もちろんそれが狙いだったのかもしれないけど、それを遥かに凌駕する感じの苛酷さ。僕たちこそが、生きることに必死でした」。
渡辺謙、佐藤浩市、柄本明といったベテラン陣はもちろん、若手俳優陣のなかで新境地を見せたのが、十兵衛や金吾と旅を共にする沢田五郎役の柳楽優弥だ。渡辺謙は柳楽について「彼自体、とてつもないキャリアをいきなり背負わされた」と語る。それは、『誰も知らない』(04)で第57回カンヌ国際映画祭にて史上最年少14歳で男優賞を受賞したことだ。渡辺は「それ以降、彼はいろんなジレンマを抱えてきたんじゃないかな。五郎役は、柳楽にとって、いまやるべき役だったし、李監督が十分鍛えました」と太鼓判を押す。
「最初は正直、柄本さんと『大丈夫かな?』と言っていたんです。というのも、彼はこれまで内向的な役柄が多かったから。五郎って全く逆でしょ。俳優として、今まで経験してないやり方を要求されたので、役を作ること以上に、心を開くことが大変だったと思います。言わば僕とは逆で。僕はいつもフルオープンなのに、寡黙な役だったから(笑)」。
妥協をせず、とにかく粘り強いと言われる李監督について、渡辺はこう分析する。「李監督は、よく粘るとか、執念深いとか言われているけど、要は誠実なんです。だからこそ僕たちも、変に交わしたり、すかしたりせず、逃げなかった。それは彼が、それぞれの登場人物に対して、すごく誠実に向き合っているからです。本当に腑に落ちるまで、落としどころを求め続ける。このシーンはこうだよねと、僕たちが計算や理屈で論理武装してしまうことを、監督は許さない。そういう意味では、相当丁寧に拾おうとしているから、時間がかかる。でも、僕たち俳優にとっては、とても豊かな時間なんです」。
渡辺は、本作について「リメイク感はあまり感じてないんです」と言う。「オリジナルとは明らかに違う作品になっているというか、僕らのなかでは、その言葉は記号のようになっているんです。もちろん、お話もキャラクターも一緒ですが、人物背景が全く違う。最後の殺陣シーンをやっている時、僕はものすごく李相日の業を感じました。今回僕たちは、敢えてその業についていくしかないなあと。もちろんオリジナルへのオマージュもたくさんありますが、僕たちの間では、ちょっと誇らしい日本の映画ができたなって感じです」。
【取材・文/山崎伸子】