いま、リリー・フランキーが“時々、オトン”と思う人がいた!
6年間愛情を注いで育ててきた息子が、取り違えられた他人の子だった! そんな衝撃的な出来事を通して親子愛を描き、第66回カンヌ国際映画祭審査員賞を受賞した『そして父になる』(9月28日公開)。本作で、福山雅治扮するエリートの父親とは対照的な、町の電気屋のがさつな父親役を好演したのがリリー・フランキーだ。彼が子供たちとたわむれる活き活きとした表情は、とても自然体で好感が持てる。メガホンを取った是枝裕和監督と、リリーにインタビューし、撮影裏話から、海外の映画祭でのエピソードまで、色んな話を聞いた。
是枝監督が、カンヌや第38回トロント国際映画祭など、海外の映画祭を訪れた感想はこうだ。「海外では養子制度が日本よりも圧倒的に定着しているので、血縁関係のない親子について身近に考えているんです。取材でも『実は私も……』と、自分の身の上話をされる人がすごく多くて。僕は面白いけど、記事、大丈夫かな?と(苦笑)。でも、そういう時は良い時なんです。その人の人生のなかで、映画が展開している感じがね」。リリーも「人間が生きていく上で、決断はできても、正解が出せないものがある。養子制度が確立していて、家庭がしっかりしていても、何かスッキリしないものがあるのかなと」とうなずく。
リリーは続けて、自身の著書「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」のサイン会をした時のエピソードを交えた話をしてくれた。「あれって母親が死んだ話。こんなつまらない話を誰が読むんだろうと思っていたんですが、サイン会に並んでくれて、みんなが自分の親の話をしてくれるんです。3000人くらいと話しました。それで、ああ、そうなのか、俺は、ただ彼らが自分のことを語るための媒介になっているんだと気づいたんです。それは光栄だなと」。
子供の取り違えの物語を書いたきっかけは、是枝監督が日常で思った疑問がきっかけだった。「いま、子どもと接する時間がないなかで、なんとか父親をやっているつもりですが、しばらく家を空けた時、当時3歳だった娘との関係がリセットされた時があって。お互いに緊張していて、同じ部屋の隅と隅にいて近寄ってこない。翌日『また来てね』と言われ、これはやばいなと。1か月ちょっとの間に、僕のいない生活が彼女の日常になっていた」。リリーが「それって、完全に“時々、オトン”状態ですね」と突っ込むと、是枝裕和監督は「この2年はなんとか頑張っていっしょにいる時間を作ろうと思っていますが」と苦笑い。「その頃、血と時間がどういうふうに、父親と子供をつなぐのか?ってことが、自分にとっては切実な問いでした。今回は福山さんが等身大の父親役を演じることになり、自分がいま考えていることを全部重ねてみようかと思ったんです。だったらもっと大胆に、血と時間のどちらかを選ぶってことを背負わせてみようかなと思いました」。
リリーは、両親の関係について、父親は母親には叶わないと断言。「女優さんが素晴らしかったから、お母さんの強さが両極で出てました。結局、男親ってたいしたことないなあと(苦笑)。なんだかんだ言っても、『一番好きなのは誰?』と聞かれたら『お母さん』なので。あのお母さんたちに育てられたら、息子たちは悪くならないから、せいぜい男たちは働きなさいってことですよ」。
また、リリーに、福山と共演した感想を尋ねてみた。「彼はアイコンみたいな人でしょ。たぶん、もしも俺が福山さんみたいに、あんなにお客さんから騒がれるなかでやっていたら、もっと嫌なやつになっていると思う。彼は、何にも圧をかけない人ですね。今回は特に、是枝さんと福山さんがやる映画の話を聞いた時、素晴らしい企画だなと思ったんです。おふたりにとってチャレンジだと思ったし、これはカンヌに呼ばれる映画になるだろうとも思いました。まあ、ここまでお祭りになるとは思っていなかったけど(笑)。しかも福山くんが受け手の感じで、完全に是枝さんに委ねていた」。是枝監督も「そうですね。信頼してくれていました」と手応えを口にすると、リリーが「海外に行っても、映画祭は監督のものだと覚えていって、さらに彼の包容力が深くなっていった。本当に、みんながとっても良い経験をさせてもらいました」と清々しい表情を見せた。
カンヌで賞を受賞した際に、福山は男泣きをしたそうだが、リリー・フランキーもリスペクトする是枝組を経験したことはこの上ない幸せだったと、心からうれしそうに語ってくれた。是枝作品ならではの、リアルで情感にあふれた極上の親子愛の物語『そして父になる』は、映画館で腰を据えてじっくりと味わいたい。【取材・文/山崎伸子】