得体の知れない吸引力を持つ『複製された男』。ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督本人が、その仕掛けを明かす
ハリウッドのエンタテインメント作品から、骨太のヒューマンドラマ、アートフィルム寄りの実験的な作品まで。どんなタイプの作品を撮っても一貫した作家性と極上のサスペンス/ミステリー作品としての娯楽性を誇るカナダ出身の俊英、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督。全米初登場1位に輝いた「プリズナーズ」に続いて、同じくジェイク・ギレンホールとのタッグによって生み出された新作『複製された男』は、ストーリーの謎を解くために何度も見たくなるその得体の知れない吸引力が、公開前からプロのミステリー作家や批評家の間で絶賛されている。
「『一回見ただけではわからない』?それでいいのです(笑)。この作品はそれ自体が一つの謎解きのゲームであるかのように作られています。私は人々を困惑させて、挑発するような作品を作りたかった。なので、映画が終わった時に観客が動揺し、落ち着かない気分になるのは当然のことです。私が思春期の頃に見て、大きな影響を受けた作品の多くは、私にとって長い間謎でした。そして、ずっとそういう謎に満ちた映画を作りたいと思ってきました。重要なのは、謎を解くすべての鍵は作品の中にあるということです」
そんなヴィルヌーヴ監督に、「映画の見方には一つの正解があって、その正解は映画作家が握っているものだと思うか?」という根源的な問いを投げかけてみた。
「私は映画とは、どんなに明確なストーリーがある作品だとしても、詩に近いものだと思っています。詩を書く時、詩人には明確な方向性と、ある考え方やある感情を伝えたい意図があります。そういう意味では、私の中には正解はあります。でも、詩というものは、読む人の解釈に委ねられるものなのです。なので、私は『複製された男』のいくつかのシーンについて、あえて細かく説明したくないのです。それらのシーンの大きな広がりは、謎というコードがその根底にあるからこその表現です。この映画を説明しすぎてしまうとミステリアスな部分がなくなってしまいます。それでも、この映画の中のメタファーはかなり分かりやすいものだと思いますよ。観客は作品の中から鍵を探し出し、その鍵を使って、ただ扉を開けばいいのです」
『複製された男』は、ノーベル文学賞を受賞したポルトガルの文豪ジョゼ・サラマーゴの著作を原作としている。しかし、現代の大都市に住む人間の孤独をテーマにしていた原作と比べて、本作ではより“性にまつわる男性の在り方”に焦点が絞られているのではないかと指摘してみた。
「本作はジェゼ・サラマーゴの小説を読んでインスピレーションを受けて、そのインスピレーションに基づいて映画化した作品ですが、そこには私のかなり大胆な解釈も加えています。サラマーゴは非常に豊かで複雑な考え方を持つ作家なので、小説に注ぎ込まれた彼のアイデアをすべて取り上げるのは不可能で、そこから最も私の心を動かしたいくつかのポイントを膨らませています。その一つが、ご指摘された通り“性にまつわる男性の在り方”だったのです。したがって、私は題名も変えました(原作のタイトルはポルトガル語で『複製された男』の意味。ドゥニ・ヴィルヌーヴは映画化するにあたって「Enemy」=“敵”というタイトルをつけた。映画の邦題は原作のタイトルに従っている)」
前作「プリズナーズ」は娘を誘拐された主人公(ヒュー・ジャックマン)の極限状態における“父性”を描いた作品だった。そして本作『複製された男』は、自分の分身と出会ってしまった主人公(ジェイク・ギレンホール)の極限状態における“男性性”を描いた作品だ。2つの作品は、スタイルはまったく異なるものの、その奥底で強く呼応し合っているのではないか?
「まずは、あなたの美しい解釈に大変感銘を受けました。その着眼点は素晴らしいですね。実は、私は常々自分の作品において女性を描きたいと思ってきました。現代の女性が社会の中で置かれている条件。精神的、身体的な困難さ。決してうぬぼれではなく、これまでそのあらゆる可能性とベクトルを洗い出してきたのですが、いざ作品を作り始めてみると、まったくその逆に、自分は作品の中で現代の男性の在り方を描いていることに気づかされたのです。本作『複製された男』と『プリズナーズ』は立て続けに撮影されていることもあって、私はその2つの作品の間でバランスを取ろうとしていたのかもしれない。そういう意味では、この2本の作品は双子の関係にあると言えるでしょう」
近作の異常なまでの充実ぶりからすれば当然のことだが、現在ヴィルヌーヴ監督のもとには、世界中から魅力的なオファーが届いている。インタビューの最後に、次回作、次々回作について、ここだけの話を教えてくれた。
「数日後(インタビューを行ったのは6月)から『Sicario』(エミリー・ブラント、ベニチオ・デル・トロ出演)の撮影に入ります。これはメキシコとアメリカの国境地帯での秘密軍事作戦で、メキシコの麻薬カルテルと関わりのあるクライムストーリーです。私はそのシナリオに大きな感銘を受け、ちょうど今、そのシナリオを見直し、書き直しているところです。その次の『Story of Your Life』(エイミー・アダムス出演予定)は、私が長年自分で手がける日がくることを夢見ていた初のSF作品です。原作はSF作家のテッド・チャンで、宇宙人との交信のためにアメリカ政府に雇われた言語学者が主人公の話で、言語というものの力、その驚くべき作用などが私の心に強く響きました。私にとってこれまでで最も大きな挑戦となるこの作品は、来年の夏から撮影に入る予定です」【取材・文/宇野維正】