中井貴一、「大人向けの作品をもっと作ったほうがいい」

インタビュー

中井貴一、「大人向けの作品をもっと作ったほうがいい」

元高校球児が再び甲子園を目指す実在の大会“マスターズ甲子園”を背景に、絶縁状態にある娘との関係を見つめ直す父親の姿を描く『アゲイン 28年目の甲子園』(1月17日公開)。そんな本作で主人公の坂町役を演じるのが、50歳をすぎて初めて野球に挑戦した中井貴一。円熟期を迎えた名優でありながら、“初体験”への戸惑いや、役者としての謙虚な姿勢を覗かせる彼に、率直な気持ちを語ってもらった。

野球は未経験だったこともあり、大森寿美男監督からのオファーを一度は断ったという中井。「学生の時にテニスをやっていたのもあり、スポーツを題材にした映画は国内外数多くの作品を見てきました。だからこそ、劇中でテニスプレイヤーを演じる役者がラケットを持った瞬間に“この人テニスやってないな”ってわかってしまうんです」と語るなど、スポーツ経験者ゆえの葛藤があった様子。

そんな中井を決断させたのは野球指導を務めた元プロ野球選手の大石滋昭の言葉だった。「大石さんに『ウソをつきたくないという俳優さんと一緒にお仕事できてうれしいです。だから野球に関しては、一切恥はかかせません』と言われ、それじゃあ…という気持ちになったんです」。

というのも、“大きなウソはついてもいいけど、小さなウソはついてはいけない”という中井のポリシーに裏打ちされてのこと。だが、いざ、演じることになったものの、大石の言葉の裏には大きな秘密が。「恥をかかせないってそういう意味だったのか…」と、炎天下のグラウンドに立たされて苦笑いするしかなかったそう。

そして撮影前には、キャッチボールやトスバッティングといった特訓を積んだそうだが、「(特訓は)全然苦にならなかったです」と、明快な答えはやはり元スポーツ選手ならではのもの!「ただ、ベンチにいる時に選手がどのような佇まいでいればいいのか、どんな声を出せばいいのかという事が疑問としてありました。サードを守っていて、走者がいるときに外野へボールが飛んだらどういう動きをすればいいのかとかね」と、本当に教えてほしかった事は実は特訓では教えてもらえなかったのが残念だったとか。

また、そうした野球映画としての側面以外に、人間ドラマとしての部分が大きな要素を占めている本作では、元チームメイトの娘を演じた波瑠や疎遠になっている娘役の門脇麦など若い女優との絡みが多い。20歳の時に『連合艦隊』(81)でデビューし、30年以上のキャリアを持つ中井だが、意外にも共演した彼女たちから教わる部分があったという。「若い頃に大先輩から『デビュー作を超えることはない』と言われて、当時はその言葉の意味がわからなかったのだけど、最近実感することがあるんです。彼女らってすごく純粋に芝居に取り組んでいるんですよね。ある程度キャリアを積んでいくと、どうしても経験値から来る計算みたいなものが出てきてしまう。だから、彼女らみたいにまた純粋にカメラの前に立てたらいいなと思います」と、50歳を超えても常に挑戦し続ける姿勢を見せつける。

そんな本作を、中井は“完璧にオヤジ向けの映画”と語る。「普段から大人向けの作品をもっと作ったほうがいいと言っているんですよ。アメリカとかだと50歳ぐらいの主人公が登場する映画が普通にあって、(見てもらう側に)媚びへつらってないのがいいんですよね。こういう事はあんまり言ってはいけないんだろうけど、この『アゲイン 28年目の甲子園』も子供は見なくてもいいと僕は思っているんですよ。でも、観客を選ぶような映画が当たり前に作れるようになると日本映画の力がついてくるんだろうなと思います」と、ベテランならではの視点で日本映画界への提言も語ってくれた。

小泉今日子と共演した「最後から二番目の恋」では50歳の独身男性をコミカルに演じるなど、歳を重ねるごとに味のある演技を見せ続ける中井。そうした役づくりの裏では、常に挑戦し続け、役に真摯であり続けようとする彼の役者としての姿勢がうかがい知れた。中年の悲哀をリアルに演じた本作は彼のまた新たな代表作と言っても過言ではないだろう。【取材・文/トライワークス】

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