チャン・イーモウが明かす、『妻への家路』への思い
中国の名匠チャン・イーモウ監督が、記念すべき監督20作目として選んだ作品は、文化大革命後1970年代の中国を舞台に、ある夫婦の悲劇を描いた『妻への家路』(3月6日公開)。本作は、『紅いコーリャン』(87)、『秋菊の物語』(92)、『活きる』(94)などの作品で、チャン・イーモウ監督のミューズを務めてきたコン・リーとのタッグ作でもある。来日した監督にインタビューし、本作に懸けた思いについて聞いてみた。
1977年、文化大革命が終結し、20年ぶりに解放されたルー・イエンシーが妻のフォン・ワンイーの下へ戻ってくる。しかしフォンは、心労により夫のルーの記憶だけを失っていた。妻役をコン・リーが、夫役をチャン・イーモウ監督作『HERO』(02)のチェン・ダオミンが演じた。
夫婦役の2人について、チャン・イーモウ監督は絶大な信頼を寄せていた。「この役を演じるのは、この2人のベテラン俳優以外にはないと思っていた。最初から役者に関しては自信をもっていたんだ。娘役のチャン・ホエウェンも半年かけて選び抜いたし。彼女は本作が映画デビュー作だったけど、撮影に入る前にしっかりと演技指導をしたので、その仕上がりには満足している」。
コン・リーとチェン・ダオミンは、現場でもいろんなアイディアを監督に提案した。「2人は歴史背景についてすでによく知っていたけど、半年以上前から準備をしてくれた。いっしょに脚本に手を加えたりもしたし。僕はそういう作業が好きだし、良い意見は取り入れていくタイプだ。たとえば、コン・リーが何度も夫を駅に迎えに行くシーンで、看板を持っていくけど、あれもリーが提案したことだ。また、看板を書くシーンも追加したよ。彼女の病気が進行していくにつれて、字も忘れていくという様を描写できるから」。
映画では、冒頭から2人の再会のシーンが描かれるが、それには理由があった。「原作が長編小説で、2年半を費やして脚本化したんだ。小説では、ルー・イエンシーが囚われるまでの道のりも入っているが、いまの中国では、政治的な理由から撮ることはできなかった。だから、後半の部分だけを映画化したんだ。コン・リーたち役者のおかげで、演技はとてもエモーショナルなものになった。感情を爆発させた演技じゃなく、抑制のきいた演技がとても良かったと思う」。
本作は、20本目にして、チャン・イーモウ監督が原点回帰したような作品とも言われている。「いま、中国では、映画の市場がどんどん娯楽寄りになってきている。そういう時代に、敢えて私が、昔撮っていたようなスタイルの映画を作ることに意義があると思った。それに、私たちにとっては決して忘れられない歴史的事実を、いまの若い人たちは全く知らないから。また、個人の信条、創作に対する心境も、昔に戻ったという感じがしている。エンターテインメントではなく、人間や歴史を描く文芸映画を撮るってことと、20本目でもう1回コン・リーと撮るってことでも意味深い作品となった」。
常に飽くなき挑戦をし続けるチャン・イーモウ監督。今年はハリウッドで万里の長城を題材した超大作『グレート・ウォール(原題)』を手がける予定だ。「セリフが英語で、VFXを使った幻想的なシーンもある時代劇アクションとなる。3月にクランクして、8月にクランクアップ、来年の公開を予定している。ハリウッドだけではなく、中国圏の役者も出演予定だ」。
アクションが冴えるエンタテインメント大作でも、アート系の心に染みる人間ドラマでも、チャン・イーモウ監督が描くのは、常に人間である。そこにはぶれがない。『妻への家路』は原点回帰作というよりは、いまの成熟したチャン・イーモウだからこそ描けた意欲作だと思う。【取材・文/山崎伸子】