【第53回NY映画祭】ドン・チードルが語る、マイルス・デイヴィスへの熱い想い
第53回ニューヨーク映画祭のクロージング作品として上映された、ジャズトランペット奏者マイルス・デイヴィスの異色伝記映画『Miles Ahead』。同作で初メガホンを取り、共同脚本・プロデュース・主役を演じたドン・チードル、マイルスの最初の妻で、ダンサーのフランシス・テイラー役を演じたエマヤツィ・コリネアルディ、マイルスが所属していたコロンビア・ミュージックのプロデューサーのハーパー役を演じたマイケル・スタールバーグが、会見に応じた。
ルワンダ紛争を描いた『ホテル・ルワンダ』(04)で、実在の人物ポール・ルセサバギナを演じ、第77回アカデミー賞主演男優賞にノミネートされたチードル。実在の人物であり、本当のマイルスを描くにあたって、時代を錯綜させる演出方法をとり、多くのこだわりを見せている。
「僕も伝記映画で実在の人物を演じたことがあるし、マイルスの様々な伝記は読んだ。彼のリアルな人生のストーリーをある程度まで理解し、歴史的な事実を知った上で、彼を自由に描きたかった。それは多くの人が望むことだけれどね。90分や2時間で彼の人生を描き切れないから、色々なシーンや人物が削除されるのは仕方のないことだと思っている。だから、『これは真実のストーリーだ!』というのではなく、ある種の物語作家になろうと思った。でも、彼の音楽は、すべて映画の中で使いたいと思ったんだ」
「実際に彼の音楽を聴いているときにストーリーが浮かんだ。そのイメージを使って、音楽を、ストーリーをサポートする存在にしたかった。例えば1960年代を描くから、60年代の彼のグループの音楽を使わなくてはいけないとか、『Bitches Brew』は1970年代を描くときに使わなくてはいけない、という決まりを作りたくなかった。1958年に使ったっていいし、『Kind of Blue』を1969年とか1970年に使ったっていいんだって思ったんだ」というチードル。劇中の彼はハスキーボイスやヘアスタイルなどはマイルスにそっくりで、エッセンスを逃さないことを心掛けたようだ。
さらにチードルは「多くの人は実は、マイルスが本当にどんな人か知らなかったはずだ。彼は素晴らしい絵の才能の持ち主だったから、家族の許可を得て、絵を使用した。絵は彼にとって大きな存在だった。また、映画には入れられないような、たくさんのユーモアについて、彼の甥っ子からたくさん聞いたんだ。彼は気難しいイメージもあるが、ユーモアのセンスも、マイルスを描くときに重要なファクターだった。ユーモアのセンスは彼の一部であり、音楽にも反映されている。マイルスは、困難な時もユーモアを忘れない人物だった。そして、常に前に進んで何かに到達する人物なんだ」と、細部にわたるこだわりを明かした。
また、ユアン・マクレガー演じるデイヴというローリング・ストーン誌の記者の目を通じたマイルスの描き方については、「当時は、マイルスはそのまま引退すると思われていたので、最後のインタビューになると思った記者たちは、取材に躍起になっていた。それで僕は、デイブに色んな記者たちの要素を取り入れたんだ。マイルスが自分自身と葛藤している様子や、ミュージシャンとしてカムバックする過程で、ジャズミュージシャンとして彼の才能をどう表現するかにこだわった。ジャズは単純じゃない。色んな広がりがあるんだ」
「僕の一つの到達点は、彼の音楽の幅広さを証明することだった。マイルスは常に、ジャズミュージシャンという狭いジャンルに押し込められることを嫌がっていた。実際に彼は、違うジャンルに挑戦し続けてきた。だからこの映画では、彼がジャズという狭い範囲のミュージシャンに過ぎないのではなく、多面性を持ったミュージシャンであることを表現したかった。彼のクリエイティブな部分を、できるだけクリエイティブに表現したかった」
「僕の中で彼の音楽は死んでいないし、マイルスも広い意味で死んでいない。彼と直接会っていない、彼を知らない昨今のアーティストたちの中にも、彼にインスパイアされ、今でも、彼の音楽が土台となっている音楽がたくさん存在している。もし彼が生きていたら、間違いなくケンドリック・ラマーやディアンジェロとコラボしていただろう。新しい形で他のアーティストの中に、マイルスは現在も生きている、音楽を通じて、今もマイルズのストーリーは続いている」と熱弁をふるった。
「もしマイルスが生きていたら、彼が主演したいと思うような映画を作りたかった」という渾身作で、2度目のオスカーノミネートが有力視されているチードル。人種問題(特に黒人差別)で揺れるアメリカで、レイ・チャールズを演じ主演男優賞を受賞した『Ray/レイ』(04)のジェイミー・フォックス以来の快挙となるのか。今後の賞レースに注目したいところだ。【取材・文・NY在住/JUNKO】