名匠・小栗康平監督が描く、『FOUJITA』が見た日本|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
名匠・小栗康平監督が描く、『FOUJITA』が見た日本

インタビュー

名匠・小栗康平監督が描く、『FOUJITA』が見た日本

11月14日(土)から全国ロードショーとなった映画『FOUJITA』。パリで華やかな活躍を遂げた後、日本では戦争画が原因で糾弾された画家・藤田嗣治(オダギリジョー)の生きざまを描いた作品だ。小栗康平監督が、映画の中に流れる「空気」について話してくれた。

■フジタ(藤田嗣治)が見た日本

1886年(明治19年)に生まれたフジタの時代を今の私たちが想像するのは、実は難しいのかもしれません。そもそも油絵、油画というものは、江戸の末期までこの日本社会にはありませんでした。西洋由来の“近代”として新しく入ってきたものです。江戸までの日本はむしろ「用の美」を尊び、美術は工芸的なもので、職人的な仕事でもありました。絵画は個人としての表現です。これはとんでもなく大きな変更です。しかもフジタは本場のパリに乗り込んで、名声を得るまで頑張りました。フジタがどれほどの格闘をしたのか、そこにどんな文化の衝突があったのか。掘り下げていくと興味は尽きません。

狂乱のパリといわれたモンパルナスでの華やかな活躍ばかりが喧伝されて、その一方で、戦時下の日本では全く異なる「戦争協力画」を描いたではないかと、その変化を“豹変した人物”として捉えようとする傾向がないわけではないけれど、実際はもっと複雑だったのでしょう。

戦時の日本社会は、パリのような市民社会があったわけではなく、明治以来の、急ごしらえの国民国家でしかありませんでした。国民という考え方もなじみのないものでしたから、“臣民”でした。その両方の社会をまたいでフジタは行き来していたのです。パリで描いた裸婦は「乳白色の肌」と言われて絶賛を浴びました。日本画の描線、浮世絵を思わせるような平面的な画調、いかにも日本的です。一方、日本で描いた戦争画は西洋的な「歴史画」の技法を追い求めたものです。こんなふうにフジタには、西洋と日本との間でねじれて絡み合った葛藤があった。

映画はフランスと日本、ほぼ半分ずつ描いています。オダギリ君は、半分はフランス語で演じています。約1カ月のフランスロケがあり、その他に日本でフランス分のセット撮影を半月ほどやっています。例えばセーヌ河畔のカフェは日本のセットで撮っています。

日本に戻ったフジタは東京・麹町に居を構えるのですが、東京空襲が現実のものとなり、地方に疎開します。史実では神奈川県の藤野というところなのですが、映画ではF村として、実在しない“村”を作っています。オープンセットで作ったF村のメインストリートは、何もない広大な敷地に重機を入れて道を造り、家を建てて、その両脇には畑まで造りました。ロケ場所は関東近県でもいろいろなところに行っていますが、映画で基本としているF村の風景は、秋田や山形、青森などで撮影しています。川であれば、水量の多い最上川だったりしているのですが、そのことで地域が特定されるわけではありません。あくまでフジタを迎え入れる“日本の村”という、いわば抽象としての“村”です。

映画の中に大きなケヤキの木が登場するのですが、これは山形の東根、農村の老夫婦は庄内など、あれこれ合わさっています。決戦美術展が青森まで巡回していたのですが、これはつがる市の木造町で撮りました。亀ヶ岡遺跡のあるところですね。300人近い人たちがエキストラとして参加してくださったのです。このシーンは東京で撮ることは出来ません。人の顔が違う、雰囲気が違う。

その違いを具体的に説明するのは難しいのですが、例えば広々とした空を毎日見ている人たちとビルを見ている人たちとは、やっぱり違ってくるものです。子どもで考えてみるとはっきりその違いがわかります。地方でのびのびと生きている子どもたちは、映画に映ってみると全く違って見えます。暮らしの中で相手にしているものが違うからなのです。毎日、体で触れている「もの」が違っていますし、見ている風景、人と人との距離も違っています。家族のありようも労働の姿も違います。こうしたことは、普段は気づかなくても、映画の中では体の全体として見えてくるのです。

何よりも自然の濃さが違っています。山並みにしても青空にしても、ただの野原でさえ私には違って感じられる。すごくオーバーな表現だと受け止められるかもしれませんが、“縄文的”と言いたくなるような、不思議な落ち着きを風景から感じたりします。古代世界をほうふつとさせるような、ものの原型を感じることもあります。素朴さ、などとよく言いますが、もっと深いものですね。私自身が、北関東の育ちですので、東北という土地に親しみを感じるのかもしれません。

フジタがいた時代の“日本の原風景”が東北のどこそこにそっくり残っている、などということはないでしょう。でも「日本人の原点ってこんな感じだったんだろうか」と私たちの想像力を喚起してくれる何かが、秋田や東北地方に潜んでいる。そう思います。

【MovieWalker】

おぐりこうへい●1945年、群馬県生まれ。『泥の河』(81)で監督デビュー。以後『伽や子のために(「や」は、にんべんに耶)』(84)、『死の棘』(90)、『眠る男』(96)、『埋もれ木』(05)を発表。『死の棘』がカンヌ国際映画祭でグランプリと国際批評家連盟賞をダブル受賞するなど、いずれの作品も国内外で高い評価を得る。『FOUJITA』は10年ぶりとなる新作。
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