『エヴェレスト』平山秀幸監督が語る、岡田、阿部、尾野の“挑戦”
先日開催された「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2016」でオープニング招待作品として上映された『エヴェレスト 神々の山嶺』(3月12日公開)の平山秀幸監督にインタビュー。日本映画史上初となる、エヴェレストの標高5200m級で実際に撮影に挑んだ岡田准一、阿部寛、尾野真千子らの現場でのエピソードについて話を聞いた。
圧倒的なエヴェレストの自然はもちろん、それと対峙するキャストの“気迫”がスクリーンから伝わる本作。孤高の天才クライマー、羽生丈二(阿部寛)と、羽生に興味を抱きその人生を追う山岳カメラマン、深町誠(岡田准一)は、どのように作られたのだろうか?
「カトマンドゥから約10日かけて歩いて、5240mのゴラクシェプに着いて、10日間ほど撮影しました。ヘリコプターで行くと高山病になってしまうので、好き嫌いに関わらず、徐々に体を慣らさないといけない、歩かないと行けない場所だったんです。その歩いて登っていく10日間のあいだに彼らの顔がどんどん変わっていくんですね。ヒゲも日焼けも、いわゆるメイクアップされた“作られた顔”じゃない顔に変わっていく。上に着いた時には、どれが深町誠で、どれが岡田准一なんだ?みたいな感じで、役と本人の境目がなくなっていました」
エヴェレストでの姿はもちろん、カトマンドゥ市街でのシーンでも、現地にすっかり溶け込んでいる。
「それが欲しかったんです。東京からこの撮影のために来て、終わったらすぐ東京に帰って…と見えるのが絶対にイヤで、溶け込んでいる感がこの映画の人物像に一番大事だと思っていました。だから、どうしたら溶け込んむんだろう?ってずっと考えていたのですが、その答えが“歩き”だったんです。外見はどんどん山の顔になっていくし、心のありようは『こういうときはどういうこと考えるんですか?』って本物の山屋(登山家)さんに直接聞いていたので、役作りで僕がやることはなかったです。彼らを作ったのは山屋さんと自然ですね」
もちろん、エヴェレストでただ撮影をすればいいというわけではない。岡田や阿部は、野心的な山岳カメラマン、天才的な登攀センスを持つクライマーという役を演じなければならない。
「阿部さんが演じられた羽生は“孤高のクライマー”ですが、存在が抽象的で具体がないので、どんな人物かよくわからないですよね。だから、それに対する答えとして、彼は肉体を作ったんです。たとえば氷壁をきっちり登る。そのための指導を山屋さんから受けるという感じで、体を動かすことで、少しずつ少しずつ具体化していったんですね。岡田くんを背負って氷壁を登るシーンがあるのですが、あれは自力で本当に登っているんですよ。もちろん安全は確保されていますが、普通はそれでも登れない。素晴らしい体力だと思いますね」
格闘技もこなし、アクション俳優としても活躍する岡田は、役作りのためにさらなる挑戦を重ねたという。
「岡田くんは、背負っているバッグの中に30kgくらいの石を入れているんです。しかも、『軽く見えるのは嫌だから、重くしてくれませんか?』って自分から言い出したんですよ。そしたら山屋さんがうれしそうに石をどんどん詰めちゃって…(笑)。深町が山から降りてきて、しんどくてたまらない、崩れ落ちそうなシーンがあるのですが、あれは芝居でもなんでもない。ドキュメントです。本当にストイックでしたね。でもね、去年の暮れに僕、V6のコンサートを見に行ったんですけど、深町はいなかったんですよ(笑)。ちゃんとアイドルの岡田准一がいて、同じ人物とはまったく思えなかったですね。阿部さんも数年前はローマ人になって風呂に入ってましたし(笑)。やっぱり、プロってのはすごいなと」
そんな2人と同じ場所に立って撮影に挑んだのは、紅一点のキャスト、岸涼子役の尾野真千子だ。気圧の関係もあって普通は3~4kgは痩せるそうだが、周囲が痩せていく中で、尾野だけ3kg太ったという。
「体重のことだし、言ってしまってもいいのかな?って思いますけど、ご本人が取材で喜々としておっしゃってるからいいんでしょうね(笑)。尾野さんはたくましかった。一番たくましかったのは彼女かもしれない。それに、尾野さんがいることで殺伐とした空気とか、吹雪いているなかでの撮影の雰囲気が少し和らいだ。女性ならではの存在感や、芯の太さみたいなものも持っている方だったので、すごく助かりました」
尾野が演じた涼子は、実際に山を登っていく岡田、阿部と違い、2人を待ち続けるという“演技”で魅せなければならない役柄だ。
「涼子の立場は、おそらく見ているお客さんの立場でもあって、彼女が演技の要でした。知り合いが山に行ったら心配するのが一般市民の感覚ですよね。だから、代弁者として演じる必要があったんです。僕も気持ち的には尾野さんに一番近いですから」
重要な役とだけあって、演出で気を配ったことはあるのだろうか?
「涼子は、男たちにただ翻弄される存在ではなく、確固たる人格として撮りたかった。だから、ラスト近くである人物の名前を叫ぶシーンがあるのですが、そこで『絶対にラブするなよ』とだけ言いましたね。『絶対に恋する男に声かけるようなことにはならないで』と。尾野さんもその辺はよく理解されていらっしゃったと思います」
命を削って前人未踏の登攀に挑む羽生と、取り憑かれたようにカメラを構えて彼を追う深町。2人のドラマを、平山監督はどのように捉えていたのか?
「僕は“男たちのラブストーリー”というつもりで撮ったんです。ラブストーリーといってもホモセクシャル的なことではなく、魂のぶつかり合いみたいな精神的なラブストーリー。そんな話をしたら、原作者の(夢枕)獏さんに『なるほど、そうか。そういうふうにこの映画をやろうとしたんだな』って言われたんですね。原作を書かれている段階では、言葉としてなかなか出てこなかったらしいんです。だから、この映画を観て僕と話していた時に『そうかそうか、その一言でいいんだな』みたいなことを言われたので、肩の荷がおりました(笑)」【取材・文/Movie Walker】