坂本龍一が告白、『戦場のメリークリスマス』から『レヴェナント』までの音楽の道のり
世界的ミュージシャン、坂本龍一。いや“ミュージシャン”という枠を超えた活動の幅広さや人間力は言うまでもないが、映画音楽については、『戦場のメリークリスマス』(83)で華々しくキャリアをスタートさせ、世界への道を切り開いたパイオニアである。
そんな坂本が、第88回アカデミー賞でレオナルド・ディカプリオが悲願の主演男優賞を受賞した『レヴェナント:蘇えりし者』(4月22日公開)の音楽を手掛けた。そこで、これまでの巨匠たちとのコラボレーションや、映画音楽のスタンスについて、話を聞いた。
『レヴェナント~』は、熊に襲撃され、過酷な自然と対峙しながら生き延びたハンター、ヒュー・グラスの実話を映画化したサバイバル劇だ。アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督からは、自然の雄々しさを表現するミニマルな音楽を求められた。
「友だちのガールフレンドが完成した映画を観て『ずいぶん長く作業をしていたわりには音楽が少ないのね』と言ったと聞いて、思わずにんまりしちゃった。『レヴェナント~』では、風や雪、人の息、水の音のように、あたかも自然音のような音をたくさん作って使ったので。全部で10分くらいしか音楽がなかったと思ってくれたのは、僕にとっては成功なんです。今回は、自然の音のシンフォニーでした。海や森に1日いても、音響的には十分楽しいでしょ?そういうものに近かったのかもしれない」。
これまで、『戦場のメリークリスマス』や『御法度』(99)の大島渚監督や、『ラストエンペラー』(87)、『シェルタリング・スカイ』(90)、『リトル・ブッダ』(93)のベルナルド・ベルトルッチ監督など、名だたる名監督と組んできた坂本。発注者によって、音楽が主張するさじ加減は変わるものなのか?と聞くと「変わります」とうなずく。
「ただ僕は、いち映画鑑賞者として、あまり音楽が主張してないものの方が好きなんです。音楽だけ独立しているというか、取ってつけたような映画音楽も確かにありますが、僕としては、そうなることは本当に避けたい」。
三池崇史監督作『一命』(11)でも音楽で参加した坂本だが、同作の舞台挨拶で、三池監督が、坂本の音楽のバランスを絶賛していたことを記憶している。物語に寄り添いつつも、観終わった後、音楽だけが残ることがない点が素晴らしいといった内容だった。それを坂本に伝えると「それは聞いてなかったな」とうれしそうに頬を緩める。「やっぱりバランスが大事です。『一命』はちょっと引きすぎちゃったのかもしれないけど、監督はうれしかったのでしょうね。音楽だけ目立つのは嫌でしょうから」。
バランスについては、映画音楽を初めた初期といまとでは、考え方が変わっていったと言う。「最初は全然控え目じゃなかった。『戦場のメリークリスマス』が初めての映画音楽の仕事で、右も左もわからない感じだったから、自分の音楽のことしか考えていなかったです。全くわかってなかったから、かなり奇妙なものになりました。いま、客観的に見ても、映画音楽になっていないと思いますが、そんなものでも成立しちゃうのが、映画の面白さなのかもしれない。でも、いまは細心の注意を払っています。どのへんで変わったのかな?『ラストエンペラー』の時もわかってなかったです」。
『ラストエンペラー』といえば、栄えある第60回アカデミー賞作曲賞を受賞しているが、「いや、全然ダメです」と首を横に振る。「一連のベルトルッチ作品のプロデューサーであるジェレミー・トーマスからは、『シェルタリング・スカイ』の時に、『初めてスコアリングしているな』と言われました。初めて映画音楽を書いたなという意味合いですが、その時は、その言葉をはっきりと理解できなくて、その後、徐々にわかるようになっていきました。
確かに『シェルタリング・スカイ』をやっている最中に、あ!と思ったんです。カメラの動きが見えたというか。映画を作っている人たちは、監督をはじめ、撮影監督、照明さんやスタッフの方々だけじゃなく、役者さんも意図してやっている。音楽を作る人間も、映像のなかの動きをちゃんと目ざとく見つけて、理解しておかないと、切って貼ったような音楽になってしまう。それがわかってから、映画がより楽しくなりました。いまの方が楽しいです」。
そう言って、柔和な笑顔を見せてくれた坂本龍一。『レヴェナント:蘇えりし者』もまさに音楽が映像と一体化している。改めて総合芸術としての映画の奥深さも実感できる超大作となった。【取材・文/山崎伸子】