【シッチェス・カタロニア国際映画祭】日本映画はファンタスティック映画祭でなぜ人気があるのか?
シッチェスに来ると、ファンタスティック(ホラー、スリラー、SF、サスペンス)部門でいかに日本映画が重要視されているかがわかる。最も権威ある賞レースである公式コンペティションに昨年は観客賞と最優秀特殊効果賞を獲った『アイアムアヒーロー』(16)ら6作品、今年は『クリーピー 偽りの隣人』(16)、『ミュージアム』(11月12日公開)、『テラフォーマーズ』(16)の3作品がノミネートされた。昨年は全候補中の20%、今年は10%がメイドインジャパンという高率で、公式コンペティション以外でも『ひそひそ星』(16)、『アンチポルノ』(今冬公開)、『世界から猫が消えたなら』(16)、『KARATE KILL/カラテ・キル』(16)、『貞子vs伽椰子』(16)、『ONE PIECE FILM GOLD』(16)など計12の日本作品がスペインのファンを楽しませた。
なぜ、シッチェスでこれだけ日本映画がもてはやされるのか?
シッチェス・カタロニア国際映画祭の最高責任者であり、自身も大の日本映画ファンだというアンヘル・サラに話を聞いてみた。
――この映画祭に来ると、日本作品の重要性に驚かされます。
「ここ数年アジア映画の重要性は高まっているが、その中で日本映画は最も重要だと考えている。内容が斬新で、すでに世界的な名声を得ている三池崇史や園子温のような監督もいる。最近は製作に大金をかけた作品、特に漫画を原作とする『ミュージアム』や『テラフォーマーズ』のような大作も次々と生まれている。もちろんアニメーションでは日本は世界の第一人者で、今年は日本で大成功を収めている『君の名は。』を紹介することができた」
――あなたは映画祭で上映される日本作品は見ているのですか?
「そうだ。すべて自分の目で確かめている」
――あなたは日本映画の特殊性をどう考えていますか? 他の国の映画とは違いますか?
「欧米とはまったく違う。『クリーピー 偽りの隣人』はその典型的な例だ。サイコパスが隣人にいるという設定、彼の人物像の描き方もこちらの映画とは大きく異なる。アニメにおいてもSFと恋愛ものをミックスするという発想、複雑で濃い物語構成は日本独特のものだろう。それに比べると欧米のアニメはもっとシンプルで平板だ」
――名前が上がった『クリーピー 偽りの隣人』にしても『ミュージアム』にしても何か屈折したもの、倒錯したものが日本的だと言えるのでしょうか?
「『クリーピー 偽りの隣人』は、気が付かないかもしれないが確かに存在する恐怖を描いている。君の家の近くに住んでいる奇妙な人間が予測のつかない反応をする。『ミュージアム』の方は社会を相手にしたサイコパスが出てくる。どちらにしても、日本という平穏で平和でそんなことは起こりそうもない国で、そんな猟奇的な物語が生まれることが面白い」
――この映画祭では「Japan Madness」というオールナイト上映会が恒例行事となっています。あなたにとって日本のMadness(=狂気)というのは何でしょうか?
「『Japan Madness』にはクレージーで非常にラディカルな日本の作品を集めている。ラディカルというのは暴力的というだけでなく、理解不能で不条理な狂気という意味だ。そういう狂気、悪意は確かに日本に存在する。コミックや漫画だけでなく、社会生活の底にも流れているように見える。厳格に整理整頓された社会の人間が、突然真逆の方向へハジける」
――暗黒面というか反動かもしれませんね。
「そうだね。だけど我々欧米の人間にとってはそのクレージーな感覚が面白くて大好きだし、それを健全に楽しんでいる」
――日本に行ったことはありますか?
「東京に数日滞在したことがある。巨大都市にもかかわらず非常に秩序だっておりストレスを感じなかった。ビル群の真ん中に忽然と現れる大きな公園、入り組んだ路地などもリラックスして歩けた。次は京都や奈良、広島へも行ってみたいと思っている」
――その滞在で日本に内在する社会的な重圧というのは感じませんでしたか?
「私は訪れたのは5、6年前で今は変わっているのかもしれないが、日本に重圧があるとすれば変革への切迫感というものではないか。戦時大国、経済大国を経て、今日本は韓国や中国に脅かされ緊張と危機の時代に入っている。プレッシャーが生まれるのは当然だ」
――映画祭を訪れた日本人監督はスペイン人たちのノリの良さに驚いています。
「三池崇史や園子温もそう言っていたし、大友啓史もこっちの観客の反応の良さには驚いていた。日本映画は本当にこちらのファンの心をつかんでいる。13日に三池崇史が来てくれる(『テラフォーマーズ』の舞台挨拶)けど、彼は“ミスターシッチェス”と呼んでもいいくらいのスターだよ。彼ら日本人監督がメディアやファンへ好かれているのは、親切で対応が良いからでもある」
――あれだけ血だらけの映画を作っているのに、そこは礼儀正しい日本人なんですよね。
「そう。でもそれは良いところだよ。日本人で問題を起こしたり無礼だったりする監督は見たことがない」
――監督というのはアーティストだから気難しい人もいるんでしょうね。
「そうだけど日本人に限っては違うね」
――日本側からのこの映画祭へのアプローチも盛んになっているように見えます。
「その通り。昨年の『アイアムアヒーロー』、今年の『ミュージアム』と、我々は2年連続で日本作品をワールドプレミア公開することができた。シッチェスを世界に先駆けた舞台と選んでくれたことには非常に満足している。こうしたイベントを通じてシッチェス映画祭の名が日本に浸透していくことも願っている」
――ただ、シッチェスでは大歓迎される日本映画ですが、スペインで一般公開されさらに商業的に成功することは稀です。
「スペイン市場は日本映画だけでなく、すべての映画に対して厳しい状況にある。最近の作品では『あん』(15)の河瀬直美や是枝裕和がヒット作を生んでいる。一般の観客には、小津映画のような家族関係を抑えた筆致で描写したような作品に人気が集まっている。映画での興行収入ではないがビデオやDVD、オンデマンドでの需要は、相変わらず日本のアニメは強い。大ヒットした『AKIRA』(88)やジブリ作品は言うまでもなく、新海誠ら新しい監督にも注目が集まっている」
――スペインでは日本とのファーストコンタクトが子供時代に見たアニメという人が多いですが、あなたもそうですか?
「私はゴジラの大ファンだった。本も2冊(『ゴジラと仲間たち』、『ゴジラ50周年記念』)も書いているくらいだ。スペインでも公開されたから欠かさず見た。『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』(67)とか『ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘』(66)とか子供向けに作られたものだったけど。ガメラも好きだったな」
――『シン・ゴジラ』にはどういう感想を抱きましたか?
「非常にシリアスな内容で、官僚主義とか決断のプロセスとか政治的な場面が興味深かった。人物の描写の仕方もこれまでのシリーズにないオリジナルなものだった」
――好きな日本人監督を一人選ぶとすれば?
「たくさんいるから難しいな。あえて選べば一番は鈴木清順で、勅使河原宏や新藤兼人が続く感じだろうか。もちろん黒澤明、小津安二郎も忘れてはいけない」
――ファンタスティック映画というよりクラシックですね。
「私はチャンバラやヤクザものも大好きなんだよ。岡本喜八や深作欣二の映画もむさぼるように見た。古い作品にも新しい作品にも日本映画には新しい発見が常にある。そこが好きなんだ」
――今日はお忙しいところ大変ありがとうございました。【取材・文/木村浩嗣】