火垂るの墓(1988)|MOVIE WALKER PRESS
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火垂るの墓(1988)

1988年4月16日公開,88分
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終戦間近の神戸で親を失くした幼い兄弟が必死で生き抜こうとする姿を描く。野坂昭如原作の同名小説のアニメ化で、脚本・監督は「柳川堀割物語」の高畑勲、作画監督は近藤喜文がそれぞれ担当。

ストーリー

※結末の記載を含むものもあります。

終戦近い神戸は連日、B29の空襲に見舞われていた。幼い兄妹・清太と節子は混乱のさなか、母と別れ別れになった。清太が非常時の集合場所である国民学校へ駆けつけると、母はすでに危篤状態で間もなく息絶えてしまった。家を焼け出された兄妹は遠縁に当たる未亡人宅に身を寄せた。しかし、うまくいっていた共同生活も、生活が苦しくなるとしこりが出てきた。未亡人は学校へ行かず、防火訓練にも参加しないでぶらぶら遊んでいる二人に対して不満をぶつけるようになった。清太は息苦しい毎日の生活が嫌になり、ある日節子を連れて未亡人の家を出た。そして、二人はわずかの家財道具をリヤカーに積み、川辺の横穴豪へ住みついた。兄妹は水入らずで、貧しくとも楽しい生活を送ることになった。食糧は川で取れるタニシやフナ。電気もないので明りには、蛍を集めて瓶に入れていた。節子は幼心に母の死を知っており、蛍の墓を見ながら偲ぶのだった。しかし、楽しい生活も束の間、やがて食糧も尽き、清太は畑泥棒までやるようになった。ある晩、清太は畑に忍び込んだところを見つかり、農夫にさんざん殴られたあげく、警察につき出されてしまった。すぐに釈放されたものの、幼い節子の体は栄養失調のため日に日に弱っていった。清太は空襲に紛れて盗んだ野菜でスープを作り、節子に飲ませたが、あまり効果はなかった。ある日、川辺でぐったりしていた節子を清太は医者に診せたが、「薬では治らない。滋養をつけなさい」と言われただけだった。昭和20年の夏、日本はようやく終戦を迎えた。清太らの父は海軍にいたが、生還する望みは薄かった。清太は銀行からおろした金で食糧を買い、節子におかゆとスイカを食べさせるが、もはや口にする力も失くしていた。節子は静かに息をひき取り、清太は一人になったが、彼もまた駅で浮浪者とともにやがてくる死を待つだけだった。

作品データ

原題
Tombstone for Fireflies
製作年
1988年
製作国
日本
配給
東宝
上映時間
88分

[c]キネマ旬報社

映画レビュー

4.6
  • rikoriko2255

    白衣のペテン師

    5.0
    2020/9/2

    中学の夏休みの登校日、暑い暑い体育館で全校生徒が集まり見ました。当たり前ですが、戦争経験がありません。この映画を見たとき、戦争は絶対にしてはいけないと子供心に思ったことを覚えています。その後も、何度も何度も見ましたが、見るたび毎回号泣です。

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  • rikoriko2255

    ムービーami

    5.0
    2020/8/5

    何回観ても涙なくしては、観られない。戦争は、2度としてはいけないと強く思わせる作品である。ロップロップと言いながら、サクマのドロップと思い、石ころを舐めているところがかわいそうでかわいそうで。

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