大川橋蔵
源頼朝
「森の石松鬼より恐い」の鷹沢和善の脚本を、「家光と彦左と一心太助」の沢島忠が監督した、若き日の頼朝を描くロマン。撮影は「若さま侍捕物帳(1960)」の山岸長樹。
平治元年十二月、平家に敗れた源氏は追跡を逃れて都落ち。大将義朝の次男朝長は戦死、三男頼朝は猛吹雪の中で父の一行を見失う。頼朝は凍死寸前、狩人鬼頭次、志乃の兄姉妹に救われた。が、父義朝が追手に捕まり首をはねられたことを知り、観念した頼朝は平家の縛についた。都に送られた頼朝、鬼頭次、志乃は三条河原で処刑寸前、清盛の母禅尼の命乞いで救われ伊豆の配所に流された。それから十年--頼朝は忠臣佐々木定綱、盛鋼、鬼頭次兄妹に守られ読経三昧の日々を送っていたが、ある夜、探題配下に追われる頼朝の友文覚を救った北条時政の娘政姫の美しい姿にひかれた。また、このころから源氏再興を図る草の実党が生まれ、情勢は次第に動き始めた。新しい伊豆探題として平兼清が赴任してきた。兼清は平家の力におごり酔った。彼は政姫を見染めた。が政姫の心は頼朝に傾いていた。頼朝と伊豆の豪族北条の政姫が結ばれれば源氏再興に万全の重さを得ると草の実党の面々は喜んだが、これを察した兼隆は時政に政姫をくれと強請した。一方、政姫も兼隆を断りつづけたが、家門を重んじ頼朝を断りかねない父の時政の決意を知った彼女は兼隆に嫁ぐ決心をした。しかし、挙式の当日、頼朝は鎧兜に身を固め決起した。今こそ源氏再興の時、頼朝は定綱以下の草の実党、盛綱の一党、土肥次郎、仁田四郎らを従え探題館に斬りこんだ。騒然たる式楊、頼朝は兼隆を斬った。富士の見える丘に駈け上がった頼朝の鞍の前には政姫が。そして眼下には無数の白旗がなびいていた。
源頼朝
源義朝
源義平
源朝長
鎌田次郎正家
佐々木定綱
佐々木盛綱
鬼頭次
志乃
北条時政
北条宗時
北条政子
文覚
平兼隆
堤権兵衛
弥兵衛宗清
仁田四郎忠常
比企議員
土肥次郎実平
伊豆の冠者有綱
加藤次郎景康
守山の源内
少女時代の志乃
藤九郎盛長
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