「監督させてほしいと懇願した」行定勲が『劇場』に魅了された“3つの理由”
「火花」で第153回芥川賞を受賞した又吉直樹の同名恋愛小説を、山崎賢人主演で映画化した『劇場』(公開中/配信中)。高校時代からの友人と立ち上げた劇団で脚本家兼演出家を務めるも、周囲から見放されてしまう永田と、彼を支えたいと願う沙希の恋模様を描いた本作は、行定勲監督が原作小説に惚れ込み、自らプロデューサーに掛け合ったことで映画化が実現したという。
一体なにが行定監督を駆り立てたのか?監督本人のコメントから、3つの理由を考察していこう
理由1「演劇を題材にしていたこと」
3月に行われた本作の完成記念イベントで行定監督は「生涯忘れられない芝居」として、作・清水邦夫、演出・蜷川幸雄の「タンゴ・冬の終わりに」を挙げた。2015年に行われた同作の再演で、行定監督は蜷川に代わって演出を務めるなど、かねてから演劇への強い想いを持っていたという。「僕は映画監督であるけれど演劇で演出も手掛けていて、演劇を映画で描くということは、どういうことなのかをつねに考えていました」と、行定監督は語る。
その想いが結実した本作では、実際に下北沢に存在する劇場そっくりのセットを作るなどのこだわりを見せ、また主人公の永田とヒロインの沙希の衣装についても「(スタイリストの)高山エリが経験してきた同時代性のような感覚が活かされている。永田は自分のスタイルを変化させない人として、沙希は時代時代で変化していく人として設計されていたと思います」と高山のセンスに託したことを明かす。鑑賞の際はセットや衣装のディテールに注目してほしい。
理由2「ラブストーリーであるということ」
「男女のどうしようもなさを、若い世代を主人公にして描いてみたかった」と語る行定監督といえば、大ヒットを記録した『世界の中心で、愛をさけぶ』(04)や、近年の作品では『ナラタージュ』(17)など、ラブストーリーの名手として知られている。それは監督自身がラブストーリーに対して強い想い入れがあるからに他ならない。本作の原作小説との出会いは、まさに運命的な出会いだったようだ。
「恋愛における男女のどうしようもなさというのは、誰でも経験するものだからこそ万人に突き刺さる。けれどそういう映画は地味でもあって、最近は作られにくくなっています。でも、タレントで芸人で小説家でもある又吉直樹を通してだったら、世の中が地味だと思っているようなラブストーリーも刺さるのではないか。僕自身もこういうラブストーリーを描くチャンスはそうそうないと思い、是非監督させてほしいと懇願しました」。
理由3「主人公への共感」
「あまりにも身に覚えがある場面ばかりで、胸をかきむしるような想いで読んだ」。創作や表現を生業として生きていこうと足掻き、自身のアイデンティティに苦悩する永田の姿を自身に重ねながら原作を読んだことを振り返る行定監督。“アイデンティティ”に関する問題を抱える主人公像は、行定監督が日本アカデミー賞最優秀監督賞を受賞し、その名を世に知らしめた代表作『GO』(01)と通じるものがある。しかも、偶然だが『GO』と『劇場』には冒頭シーンが似ているという共通点も。
窪塚洋介演じる杉原の顔のクローズアップに彼自身のモノローグが重ねられる『GO』の冒頭シーン。『劇場』でも永田のいまにも死にそうな表情のクローズアップに、「いつまで持つだろうか…」と心情を吐露するモノローグが流れる。「意識していませんでいたが、撮影をした後に気が付きました」と語る行定監督は「青春の断片と、自我に向き合う主人公という点が共通していると思います」と明かした。
「演劇」「ラブストーリー」「主人公への共感」、そして代表作との偶然のリンク。行定監督の心を駆り立てる様々な要素が詰まった本作は、最新作であると同時に、ある種の原点回帰ともいえる作品ではないだろうか。
昨今の事情を鑑みて、劇場公開と同時にAmazon Prime Videoでの全世界独占配信という日本映画初の試みも行われているので、劇場に行ける人は劇場で、それが難しいという人は配信で、行定監督の強い想いが凝縮された新たなラブストーリーを深く味わってみてはいかがだろうか。
文/久保田 和馬