『鵞鳥湖の夜』グイ・ルンメイ「出演作を選ぶ基準は、自分の心を動かしてくれる物語であること」
「出演作を選ぶ基準は、自分の心を動かしてくれる物語であることです。脚本を読んだ段階で、その役を経験してみたいと思えることが一番大事。また、これまでにない新しい視点を持った映画にも惹かれます」。台湾の青春映画『藍色夏恋』(02)で鮮烈な女優デビューを果たしてから18年間、着実にキャリアを重ね台湾映画界のミューズとしてひた走ってきた女優、グイ・ルンメイは、作品選びのポリシーについてこう語る。
「自分の出演作が、もっと社会と関わり、皆さんと対話をできるようなものであってほしい。観客が映画館を出た時、なにかを得られるような作品に出演していきたい」と語るルンメイの最新作『鵞鳥湖(がちょうこ)の夜』(公開中)は、まさにその言葉にふさわしいような作品に仕上がっている。中国アンダーグランドの犯罪社会に斬り込んだ本作は、本国の興収チャートで初登場2位を記録するという異例の大ヒットとなった。
誤って警官を射殺した、バイク窃盗団の幹部、チョウ・ザーノン(フー・ゴー)。万事休すとなったチョウは、自分に賭けられた報奨金を妻子に残そうと画策。妻(レジーナ・ワン)と、ある場所で待ち合わせるが、そこに現れたのは、“水浴嬢”と呼ばれるリゾート地の娼婦、アイアイ(グイ・ルンメイ)だった。チョウは面識のないアイアイの真意を探り合いながら、自分が起こした事件を振り返っていく。
本作では、第64回ベルリン国際映画祭で金熊賞と銀熊賞(男優賞)をW受賞した『薄氷の殺人』(14)のディアオ・イーナン監督との再タッグを果たしたが、監督から再びオファーをもらった時、とても喜びを感じつつも、娼婦役ということで戸惑いも覚えたと言う。「『薄氷の殺人』は大好きな映画だったので、また、監督と一緒に仕事ができることは、すごくうれしかったけど、脚本を読んだあとは、緊張が走りました。なぜなら、アイアイというキャラクターや職業が、あまりにも普段の自分とかけ離れていたし、お受けして、もしも上手く演じられなかったら、監督を失望させてしまうと思ったから」。
中国独自の風俗に深く関わる、繊細な役柄へのオファーに対して、すぐに返事はできずしばらく考えたというルンメイだが、この難役にトライする決意をした。「前作で監督とは、深い信頼関係が築けていたし、演じる側としては、こういう特異な環境に置かれる役柄に出会えること自体、幸せなことだと思い、監督からの“挑戦状”を受けることにしました」。
日本では聞き慣れない水浴嬢という職業については、ルンメイ自身も知らなかったそうだ。「ネットでニュースや資料などを検索してみたのですが、少なかったので、実際にアプローチをしていきました。同じ水浴嬢の役を演じる共演の女優さんと一緒に、キャバクラに行ったり、路上に出て、客引きをさせてもらったりしました」。
約4か月の準備期間、風俗嬢についてリサーチしたというルンメイは、頭で想像していたものと現実とのギャップに驚いたそうだ。「私は、もっと女性性を全面に出したような、人たらしの人を想像したりもしていたのですが、そういう人は一人もいなかったです。通りに立っている人たちも、まるで会社帰りのような服装でした。キャバ嬢の子たちも素朴で、ただ単にお金が欲しいだけ、という感じだったので、そこを役作りに活かしました」。
主人公のチョウと行動を共にするアイアイ。チョウ役を演じたフー・ゴーについての印象を尋ねると「初めてお会いした時は、清潔感にあふれる、少年のような雰囲気の方でした。でも、実際の撮影でご一緒してみると、自分の演技を熟考するタイプの俳優さんで、身体作りもストイックにされていて、本当に尊敬できる共演者だなと思いました」とリスペクトを明かす。
裏社会で生きてきたアウトサイダーのチョウが、命懸けで妻に報奨金を渡そうとする。そこには妻への揺るぎない愛が感じられ、心を揺さぶられるが、ルンメイは「チョウはすごく男らしい人だけど、私がもしチョウの妻だったら、そういう行動に出てほしくないです」とハッキリ。「チョウは長年、家に帰ってなかったし、犯罪も犯しているので、理想的な夫とは程遠いです」と手厳しいが、「ただし、映画のキャラクターとしては、ロマンティックだなと思います」と笑う。
サスペンス要素の魅力のみならず、細部描写によってかつての中国アンダーグラウンド文化も存分に堪能できる本作だが、なぜルンメイが水浴嬢役に挑んだのか、なぜそれが社会を描く映画にとって必要だと感じたのか、観たあとには、作品に込められたメッセージも受け取れるはずだ。
文/編集部