小芝風花とウエダアツシ監督が感謝した香川京子の懐の深さ
NHK連続テレビ小説「あさが来た」での好演も記憶に新しい小芝風花が、デビュー作『魔女の宅急便』(14)の後、久しぶりに主演を務めた映画『天使のいる図書館』(2月18日公開)。神話の里・奈良県葛城地域を舞台にしたヒューマンドラマだ。今回演じたのは頭がガチガチの生真面目な新人の図書館司書だが、小芝が演じると健気さや純朴さがプラスされ、なんだか応援したくなる。小芝とメガホンをとったウエダアツシ監督に現場での撮影について聞いた。
辞書や地図帳が大好きで奈良の歴史にもくわしい新人図書館司書の吉井さくら(小芝風花)は、実に現実思考で全く空気が読めないタイプだ。ある時、図書館に来た老婦人・芦高礼子(香川京子)と出会い、彼女と交流することで人として大切なことを学んでいく。
「1人の女の子の心の氷が少しずつ溶けていく感じ。決して急に大きく変わるわけじゃないけど、少しずつ変わっていくという過程が素敵だし、リアリティがあると思いました。1シーンずつ礼子さん(香川京子)と交わる度に変わっていく様子を丁寧に演じられたらいいなと思いました」と小芝は言う。
「香川さんは本当に物腰の柔らかい方で、監督やスタッフさんとの接し方を見て、私もこういう女性になりたいと思いました。笑顔が素敵でキュートなんです。屯鶴峰(どんづるぼう)という崖のようなところで撮影したんですが、けっこう険しいんです。でも、香川さんはスタッフさんに『大丈夫よ』と言いながら歩かれていました。強いし優しいし、なんて素敵な女性なんだろうと思いました」。ウエダ監督も「女優の鏡のような人ですね」とうなる。
劇中で堂々香川と渡り合った小芝だが、ある共演シーンでは最大のピンチに陥ったそうだ。「とても大事なシーンなのに、なぜか自分でもびっくりするくらいに気持ちが入っていかなくて。どうしようと思ってすごく焦りました」。
ウエダ監督はその日の撮影をこう振り返る。「もちろん現場では女優さんに気持ちを作ってもらうまでいくらでも待ちます。ただ、あの時は日没までの時間も迫っていたし、スタッフたちの焦る気持ちもひしひしと感じてました。でも大切なシーンだから集中させてあげたい。僕は気の利いたことを言えるタイプの監督でもないので、スタッフの視線を遮るように立って、そばにいてあげることくらいしかできず、ちょっと現場にヘンな緊張感が漂い始めていたんです」。
そんななかで、絶妙なサポートをしてくれたのが香川だった。「唐突に香川さんがそのシーンのご自身の長台詞を風花ちゃんにささやくように語り掛け始めてくれたんです。風花ちゃんの気持ちが高まるまで何度も何度も繰り返して語り掛けてくださった。その光景が本当に美しくて。日本映画を代表する大女優の香川京子から小芝風花へ女優としての何かを継承されているような、そんな光景に思えてとても感動しました」。
香川京子といえば、成瀬巳喜男監督、溝口健二監督、黒澤明監督など日本の名匠に愛された往年の大女優だ。ウエダ監督は待ち時間に香川からいろんな話を聞かせてもらったと恐縮する。「香川さんも若い当時はいろいろと苦労されたそうです。『女優をやっていると、いろいろな山や谷があるので』とおっしゃっていて。あのシーンでは、新米監督の僕じゃできない、様々な経験を積んでこられた香川さんだからこそできる気遣いをしていただいた。本当に感謝しています」。
小芝は「あのシーンの話になると『申し訳ありません!ごめんなさい!』という気持ちが強くて。香川さんのおかげで何とか撮影できました」と頭を下げる。
ウエダ監督は「香川さんは風花ちゃんについて『私が10代の頃はあんなにできなかったわ』と言っていましたよ。森本レオさんも『あの子は怪物だな』と言っていました」と告げると、小芝は「本当ですか?」とうれしそうに目を輝かせる。
ウエダ監督は2人のベテランについて「レオさんは常に機転を利かせてとても面白いアドリブを入れてくださる方なんです。香川さんは真逆で、語尾を一言変えるだけでも『監督、ここを一言変えてもよろしいでしょうか?』と相談しに来てくださる方。おふたりともお芝居は勿論、映画人としてもとても尊敬しています。今回は本当に多くのことを学ばせていただきました」と心から称える。
最後に本作の見どころを2人に聞いた。小芝は「さくらと礼子さんとの関係性はまだ客観的に見えていないんですが、さくらは自分のおばあちゃんと重ねて礼子さんを見ていたところがあると思います。少しずつ心が柔らかくなっていく姿もいいと思いますし、大人の純愛と、若い2人の恋愛と、2つの物語も展開されるので、どの年代の方にも観てくださっても楽しんでいただけるんじゃないかなと思っています」としっかりアピール。
奈良県出身のウエダ監督も本作に懸ける思いは熱い。「奈良県葛城地域の魅力を感じてもらえるように作りたいと思いました。観光の促進につながるようにというのは大面目だけど、僕が思う奈良県の良さ、空気感や緩やかな時間の流れなんかをうまく出せたらいいなと。言い出すとキリがないぐらい見どころはたくさんあるのですが、まずはちょっと風変わりなヒロインをとても魅力的に演じてくれた小芝風花ちゃんと、香川京子さんの素敵なお芝居のやり取りを楽しんで観ていただきたいです」。【取材・文/山崎伸子】