是枝裕和とホアン・シー監督が語り合う、『台北暮色』の魅力と巨匠の素顔。「作りながらなにかを探し求めていた」 - 2ページ目|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
是枝裕和とホアン・シー監督が語り合う、『台北暮色』の魅力と巨匠の素顔。「作りながらなにかを探し求めていた」

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是枝裕和とホアン・シー監督が語り合う、『台北暮色』の魅力と巨匠の素顔。「作りながらなにかを探し求めていた」

「リマ・ジタンは感受性が強くアグレッシブな人」(ホアン・シー)

監督同士だからできる濃密なトークが展開!
監督同士だからできる濃密なトークが展開!

是枝「登場人物のことを伺いますね。まずは主演のリマ・ジタンさん。大変美しいのはもちろん、被写体として強くて目が離せない。彼女にはなにか特別なアプローチをしたんでしょうか?どういう演出をするとあんなふうに瑞々しい感情が切り取れるのでしょうか?」

ホアン・シー「リマは、すごくエネルギッシュな女性です。そしてじっとしていられないタイプでもあります(笑)。脚本を書いている段階ではあのような感じの女性を意識して書いていましたが、実際彼女に会って話してみるとイメージ通りの魅力が炸裂していました。なので撮影の時には私は直接言葉で演出することはあまりなかった。彼女には自由に動いてもらうようにしました。『普通に自分が生活しているのと同じように自由に動いてみて』と。言葉での演出はなかったですが、リマは感受性の強いアグレッシブな人なので、『もうワンテイク行きますか?』と向こうから言ってくれるぐらい要求が高い人です」

是枝「ちなみに、一番テイクを重ねたのはどのシーンですか?」

ホアン・シー「リマの前にインコがいて、水を持って座っているシーンです。静かに座っていることがなかなかできないので、何度もテイクを重ねました。それに撮影した日は非常に暑くて、室内は40度以上ありました。とても静かに座っていられる状況ではなかったので、テイクを重ねることになりました。作品全体で見ると、長回しをあまりにも多用したので、テイクはそれほど重ねなくてもスタッフは大変な目に遭ったことでしょう」

是枝「なぜ長く回そうと思ったんですか?」

ホアン・シー「この映画にはいろんな人物がいて、いろんな小さな事件が起き続けている。その事件の中に人物を放り込むために、脚本にはポイントしか書かなかったのです。そして俳優さんたちに実際に体験してもらうようなかたちで作っていったので、撮影中にもなかなか『カット』と言わなかった。それは私自身がこの状況がおもしろいとか、裏でどんなことが起きてるのか、これからどうなるのかという興味を持ってしまったからです。監督としてはわがままな撮り方だと思いますが、第一作なので許してもらいました(笑)」

是枝「許してくれるスタッフやキャストがいるのは、監督の人徳かな(笑)」

ホアン・シー「クランクアップの時、きっとみんなから憎まれているだろうと承知でスタッフたちに『次回も一緒にやってくれますか?』訊きました。そしたらみんな『次回も一緒にやりましょう』と言ってくれたんです。たぶんお酒を飲んで機嫌が良くなっていたからでしょう(笑)」

是枝「長回しをすると編集が大変だったと思います。スタッフのリストを見たら、ホウ・シャオシェン監督の作品で編集をやっていた大ベテランのリャオ・チンソンさんの名前が見受けられました」

ホアン・シー「リャオさんと一緒に編集できたのはとても良い経験になりました。たくさんのことを勉強させていただいた。最初に2時間ぐらいに編集したバージョンを観たリャオさんは、私自身がここが弱いと感じていた部分を全部見抜いて、貴重な意見を言ってくださいました」

「ホウ・シャオシェンの遺伝子が色濃く流れているのではないかと思った」(是枝裕和)

【写真を見る】是枝裕和監督が『台北暮色』を深掘り!台湾映画ファン必聴のトークが大盛り上がり
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是枝「フォン役を演じたクー・ユールンは、エドワード・ヤンの『カップルズ』に出ていた役者さんでとても懐かしくなりました。フォンという名前は漢字にすると“風”。この役名にはどんな意味が込められていますか?」

ホアン・シー「この人物は孤独で、一つのところに落ち着いていられない。漂流しているような感じがしている。流れていくような不安定な生活のなかで非常に悲しい思いも持っているけど、それを表現できない苦しみもある。そういったいくつもの思いをこの人物に込めました」

是枝「もう一人の主人公であるリーは初見から印象に残りました。水たまりの中を自転車で走り回るシーンが本当に見事で大好き。あのシーンは脚本になくて、その場で撮ったと何かで読んだのですが、経験上そういうシーンというのは編集で落ちる。よく作品に残したなと同僚として感心してしまいます。あのシーンの入れどころに悩みませんでした?」

ホアン・シー「実はもっと多く雨のシーンを撮りたかったんですが、撮影中に天の神様がまったく味方してくれなかったんです。ちょうどあのシーンを撮った日、立体橋のシーンの撮影日だったんですが、ようやく大雨が降りました。まだスタンバイもできないうちに水たまりができて、その水たまりでホアン・ユエンが自転車に乗っている姿を撮ったら、どれだけ美しく撮れるかをヤオさんが考えてくれました。私自身、こんなに美しく撮れたとあの時にはわからなかったのですが、映画が完成してからみんながあのシーンが美しいと言ってくれました」

是枝「いま起きていることや、なにがおもしろくて美しいのか判断してカメラを回すというのは、やはりホウ・シャオシェンの遺伝子が色濃く流れてるのではないかと思いました。まあホウさんはとてもシャイな人だから、エドワード・ヤンに似てるっておっしゃるでしょうけど(笑)。ほかにもホウ・シャオシェンから強く影響を受けたことはありますか?」

ホアン・シー「ホウ・シャオシェン監督からの影響は絶対的にあると思います。この作品を撮り終えてから、本当に自分の中に、自然に影響を受け続けていた部分があるのだとよくわかりました。ほかの監督の現場には行ったことがないのでそちらはあまり知りませんが、初めはホウ監督が現場でやっていることでもわからない、疑問に感じたことがいくつもありました。それからホウ監督をよく知るようになって、それがだんだんとわかっていって、自然と身についていったのだと思います。ひとつ『台北暮色』を撮り終えてものすごくショックだったことは、自分の作品はこんなにも文芸路線だったのかということです(笑)」

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