どっちがどっち?『博士と狂人』で初共演のメル・ギブソンとショーン・ペンに胸がときめく!
初版発行までに70年以上の月日が費やされ、世界最高峰と称される「オックスフォード英語大辞典」、通称OED。世界に冠たる辞典の礎を築いたこの辞書の編纂にまつわるドラマチックな歴史を映画化した『博士と狂人』が現在公開中だ。本作は辞書作りに挑む“異端の学者”と“狂気の殺人犯”の友情を描いた物語で、両者をメル・ギブソンとショーン・ペンが演じている。名優2人の初共演(!)に胸がときめかずにはいられないところだが、このタイトルを見た映画ファンはまずこう思うに違いない。どちらが博士で、どちらが狂人なのだろう…?
博士も狂人の要素も持ったメル・ギブソンとショーン・ペン
結論から言うと、ギブソンが“博士”こと言語学博士のジェームズ・マレー役で、ペンが“狂人”にあたる元軍医の精神病患者、ウィリアム・チェスター・マイナーに扮している。ただ、2人とも俳優や監督として輝かしい実績を残しながら、狂気的なキャラクターを演じ、残酷な描写がある作品も手がけているので、博士も狂人も完璧に表現できる十分すぎるポテンシャルを持っているはずなのだ。
ギブソンで言えば、「マッド・マックス」&「リーサル・ウェポン」シリーズでスターとしての地位を確固たるものにし、監督&主演を務めた『ブレイブハート』(95)では米アカデミー賞作品賞と監督賞を含む5部門を獲得している。一方で、イエス・キリスト最後の12時間を描いた『パッション』(04)、マヤ文明時代を舞台に捕虜の逃走劇を追う『アポカリプト』(06)などでは、凄惨な残酷描写が物議を醸していた。
対するペンは、『デッドマン・ウォーキング』(95)、『ギター弾きの恋』(99)、『アイ・アム・サム』(01)で、米アカデミー賞主演男優賞に3度ノミネートされたのを経て、『ミスティック・リバー』(03)と『ミルク』(08)で2度も同賞を受賞した実力派。監督としても、ベトナム帰還兵の男の苦悩と暴力衝動を描いた『インディアン・ランナー』(91)をはじめ、『クロッシング・ガード』(95)や『プレッジ』(01)、『イントゥ・ザ・ワイルド』(07)などを発表し、その手腕が高く評価されてきた。
博士であり、狂人でもあるマレーとマイナー
劇中でマレーとマイナーが対面する場面はそれほど多いわけではない。そんな2人が初めて顔を合わせた時に、「賢人とイカれた男」と言うマイナーに対し、マレーが「どっちがどっちだ?」と応える印象的な会話が交わされる。この言葉の通り、両者は博士であり、狂人の要素も持っていることがしだいに伝わってくる。
独学で言語学を学び、大学から辞書の編纂主幹に任命されたマレーは、思慮深く落ち着いた人物。一方で、本作の辞書作りは、シェイクスピアの時代までさかのぼり、すべての言葉を収録するという途方もないもの。完成までに何十年もかかるとわかっていながら、プロジェクトに黙々と取り組む姿は、ある意味で狂人と言えるかもしれない。対するマイナーは、幻覚に襲われたことで誤って人を殺め、心の不安定さに苦しみ、罪の意識にも苛まれている。しかし、元軍医の経験を生かして、大けがをした看守の命を救い、マレーに向けて、辞書作りに必要な単語とその引用文が記されたカードを一度に1000枚も送るなど、卓越した判断力や並外れた知性も持ち合わせている。
一見すると対照的だが、深いところで共鳴し合っているマレーとマイナー。彼らのつながりと固い友情を体現したギブソンとペンの名演に、誰もが心を打たれるはず!
文/平尾嘉浩