闇家業、政治家暗殺、麻薬王、国境問題…メキシコの暗部に迫るドキュメンタリー4選
自分の知らなかった世界を教えてくれるドキュメンタリー作品。“事実は小説より奇なり”という言葉があるように、その中には衝撃的な題材を扱っているものも数知れず…。今回はメキシコの知られざる救急車事情を描いた『ミッドナイト・ファミリー』が公開中ということで、メキシコにスポットを当てたドキュメンタリーを紹介していきたい。
国民的女優が麻薬王と接触…!「エル・チャポと出会った日」
まず1本目は、Netflixにて独占配信中の「エル・チャポと出会った日」。『バッドボーイズ フォー・ライフ』(20)などハリウッドでも活躍するメキシコの有名女優ケイト・デル・カスティーリョと、“エル・チャポ”の名で知られるメキシコ麻薬密売組織のシナロア・カルテルのトップ、ホアキン・グスマンとの出会いを、ケイトや周囲の人物の証言からひも解いていく全3話のドキュメンタリーシリーズだ。
事の発端は、ケイトがふとつぶやいた「政府よりエル・チャポの方が信用できる」というツイート。このつぶやきがメキシコで大きな話題を呼ぶと、獄中のエル・チャポからケイトに「自分の半生を映画化してほしい」と連絡が舞い込んでくる。この話にショーン・ペンも興味を示し、いざ企画が動きだそうという時にエル・チャポがなんと脱獄!映画の話が立ち消えたと思っていたところ、逃亡中のエル・チャポと会うことになり…と、フィクションとしか思えないような衝撃的な展開が目まぐるしく起こっていく。
そもそも「メキシコ政府と誰かを比べたかっただけで、誰でもよかった」と述べているように、エル・チャポに対し特別な感情は抱いていないケイト。しかしメキシコでは、古くから麻薬王が政府の代わりに民衆を援助することもあったため彼らを英雄視する風潮があり、そういった背景も相まって、ツイートは想像以上の騒動を巻き起こしてしまう。
エル・チャポと敵対する組織と思しきカルテルから脅しの電話がかかってくるという危機的状況に立たされ、政府からはツイートへの反撃かのように執拗に資金洗浄の容疑をかけられるケイト。麻薬カルテルの大きすぎる存在感や政府による人権侵害といったメキシコが抱えている様々な問題が、浮き彫りになっている1作だ。
国境に分断された家族の再会にカメラを向ける『3分間の再会』
続いては、こちらもNetflixで独占配信中の『3分間の再会』。この作品は、2018年、アメリカ・テキサス州エルパソとメキシコのフアレス市の国境を流れるリオ・グランデ川にて、亡命を拒否され本国に送還された10年以上離散している家族が、再会のために招待されたイベント「HUGS NOT WALLS」の現場にカメラを向けたもの。前日の電話での会話から、束の間の再会、そして胸が締め付けられるような別れの瞬間までを映しだしていく。
本作の題材となっている「HUGS NOT WALLS」は、エルパソの団体「Border Network for Human Rights」が定期的に主催してきたイベント。このほかにもメキシコのティフアナとアメリカのサンディエゴの国境でも「ボーダー・エンゼルス」という団体による同様の活動がたびたび行われているように、アメリカとメキシコの国境で引き裂かれた家族は数多く存在する。
オバマ政権によって、一定の条件を満たした若者の国外退去を2年間延期できるという「若年移民に対する国外強制退去の延期措置(DACA)」が暫定的に導入された一方で、その親たちである米国籍や合法的な滞在資格がある子どもを持つ不法移民の強制送還を免除する政策「DAPA」は、オバマ政権下から一度も履行されていない。トランプ政権になり壁の建設や合法移民の永住権取得の制限といった強行姿勢もあり、移民政策は改善の兆しを見せてこなかったのだ。
このたび、バイデン政権に替わり、移民退去の凍結を試みるなど、移民政策に対する姿勢も話題となっているいまだからこそ見ておきたい1本だ。
メキシコ大統領候補の暗殺事件に迫る「1994」
メキシコの政界を揺るがした大統領候補暗殺事件の暗部に迫るドキュメンタリーシリーズ「1994」もまた、Netflixで配信されている1作だ。1994年、大統領選に制度的革命党(PRI)から立候補すると演説で訪れたティフアナで大観衆の中、暗殺された政治家のルイス・ドナルド・コロシオ。彼の人物像や暗殺の経緯など、彼と関わりのあった人物へのインタビューや映像を通し、このショッキングな事件の真相に迫っていく。
真の民主化へ向け改革路線を打ち立て、国民人気の高かったコロシオだが、その急進路線ゆえに党内保守派からは風当たりが強かったそうで、暗殺にPRIが関与しているのではと思わせるような話も本作では語られている。実際、サリナス大統領(当時)が暗殺に関与したのではないかという通説もメキシコにはあったそうだ。
政治の流れが変わりそうな節目で政治家が殺害されるということは、最近のメキシコでも起きている。2018年の大統領選の際、連邦議会、州知事選挙も同時に行われるタイミングで、投票日までに候補者48人を含む政界関係者145人が殺害されてしまったのだ。政治家腐敗が深刻化しており、犯罪組織と結びついていることも多々あるというメキシコ。それらを浄化しようしても暴力で封じ込まれてしまうという、根深い負の連鎖がまだまだあるのだ。