誘われる新たな世界…『クラッシュ』につながるデヴィッド・クローネンバーグの“変態性”をひも解く

コラム

誘われる新たな世界…『クラッシュ』につながるデヴィッド・クローネンバーグの“変態性”をひも解く

ホラー作品で名を上げ、独特の感性で多くの映画ファンを魅了するカナダの鬼才、デヴィッド・クローネンバーグ。その一方で、容赦ないエログロ描写、精神的に影響を受けそうな映像や演出も特徴で、いわゆる“変態”監督としても熱い支持を集めている。そんな彼の倒錯的志向が一つの到達点を迎えた作品と言えるのが、自動車事故に性的興奮を覚える人々を描いた『クラッシュ』(96)だ。現在、本作の「4K無修正版」が劇場公開中ということで、ここに至るまでのクローネンバーグの“変態性”の歩みを振り返ってみたい。

“変態”監督としても熱い支持を集めるデヴィッド・クローネンバーグ
“変態”監督としても熱い支持を集めるデヴィッド・クローネンバーグ写真:SPLASH/アフロ

肉体的、精神的な変化が登場人物から理性を失わせていく

テレビ作品や短編、実験映画『ステレオ/均衡の遺失』(69)と『クライム・オブ・フューチャー/未来犯罪の確立』(69)を経て、『シーバース/人喰い生物の島』(75)で劇場監督デビューしたクローネンバーグ。この作品は高層マンションを舞台に、肛門から侵入して宿主を操る寄生生物によって住民たちの秩序が侵食されていくという内容で、このころからすでに、性の乱れ、モラルや精神の崩壊といった彼の作風は確立されていたように思われる。

さらにその後も、人口皮膚手術を受けた女性の体に奇妙な腫瘍ができ、そこから伸びる器官で男たちの生き血を吸う『ラビッド』(77)、超能力で頭が破裂するシーンが話題を呼んだ『スキャナーズ』(81)で人気を獲得。特に、『ラビッド』のような、科学や医療技術によって登場人物の体が変容し、理性が失われていく様を描く作品を、クローネンバーグは精力的に撮り続けている。

ケーブルテレビ局の社長が拷問や殺人が繰り返される番組「ヴィデオドローム」に魅入られていく『ヴィデオドローム』(82)には、臓器のようなビデオテープが気味悪く鼓動し、手と拳銃が同化したり、それに撃たれた人間が内側から膨張して破壊されたりするなど、形容しがたい映像のオンパレード。クローネンバーグの名をよりメジャーにした『ザ・フライ』(86)では、科学者が物質転送装置の実験によってハエと融合したことで、しだいに爪が剥がれ、針金のような毛が生え、皮膚がただれていく。その一方で、性欲が強くなり、力がみなぎるのを感じるなど、内面的な変化も映しだされている。

自動車事故でできた手術痕に興奮する
自動車事故でできた手術痕に興奮する[c] 1996 ALLIANCE COMMUNICATIONS CORPORATION, IN TRUST

身体の変容によって開く新しい世界

また、クローネンバーグの作品では、人間が肉体的に、あるいは精神的に変化することで、別の世界に足を踏み入れる展開もよく見受けられる。スティーヴン・キングが原作の『デッドゾーン』(83)では、交通事故がきっかけで、触れることで他人の過去や現在、未来までもが見えてしまう男の孤独な闘いを描写。先鋭的な作品を数多く残した小説家、ウィリアム・S・バロウズの同名小説を映画化した『裸のランチ』(91)でも、頭上に置いたリンゴを拳銃で撃ち落とす遊びで妻を殺してしまった男が、“インターゾーン”と呼ばれる街に身を隠し、そこでスパイ活動を行うことに。“マグワンプ”という半魚人のような生物、大きなゴキブリとタイプライターが合体した“バグライター”といった不気味なアイテムも登場し、不思議な世界観、難解なストーリーも相まって観る者を深く悩ませてきた。

このような人体への影響や現実と異なる世界は、人間の欲望や恐怖、社会の構造などを、クローネンバーグならではの解釈で比喩的に映像化していると想像でき、その表現方法も作品を重ねるごとに鮮烈さが増していく。そのようなタイミングで監督することになったのが、イギリスを代表するSF作家、J・G・バラードの同名小説を映画化した『クラッシュ』だ。

【写真を見る】自動車事故にかき立てられる情欲…『クラッシュ』の倒錯的な愛の形に共感できるか?
【写真を見る】自動車事故にかき立てられる情欲…『クラッシュ』の倒錯的な愛の形に共感できるか?[c] 1996 ALLIANCE COMMUNICATIONS CORPORATION, IN TRUST