驚きのデビュー作『猿楽町で会いましょう』を世に送りだした児山隆監督が語る、デジタル時代の「シーンの作り方」【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】 - 3ページ目|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
驚きのデビュー作『猿楽町で会いましょう』を世に送りだした児山隆監督が語る、デジタル時代の「シーンの作り方」【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

インタビュー

驚きのデビュー作『猿楽町で会いましょう』を世に送りだした児山隆監督が語る、デジタル時代の「シーンの作り方」【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

宇野「『未完成映画予告編大賞』に3分の予告編を応募した段階で、そこまで見えていたんですか?」

児山「あの時点でもいろいろ考えていたんですけど、脚本の6稿、7稿の段階で大きく方針を変えましたね。そのタイミングで共同脚本の渋谷(悠)さんが入ってくれたことが個人的にすごく大きかったです」

宇野「もちろんあの賞をとって、それによって作品が実現したわけですから、あの予告編はすごく重要だったわけですけど、正直に言うと、本編を観てからあの予告編を観ても、そこまでピンとこなくて」

児山「(笑)」

宇野「この賞の仕組みのリスクって、予告編の時はあんなにおもしろそうだったのに、いざ撮らせてみたら尻窄みになっちゃったね、ってことじゃないですか。でも、観た順序が逆なのでどこまで正確な意見かわかりませんが、いま予告編を観ると『え? これがあんなにすごい映画になるの?』っていう(笑)」

児山「あははは!(笑)」

宇野「撮影のクオリティや劇伴のセンスも含めて、本編ではすごく的確なスタッフィングをして、いいお金の使い方をしたんだろうなって」

児山「3000万円で長編を作るのに、夢物語みたいなことをやっても仕方ないというか。アクション映画を作っても、『頑張ってアクションやりました』っていうものにしかならないじゃないですか。サイコスリラーを作るとしても、警察が出てくる、パトカーも必要だって、そういうお金がどんどん嵩んでいって、本当にやりたかったことはできなかったのかもしれないけど、頑張ったねってものにしかならない。でも、恋愛映画だったら、メジャー作品と対等に渡り合えるような作品にすることができるわけで。それをちょっと異なったアプローチで見せることで、3000万の予算というのが現実的になってくるんじゃないかって。それは最初から考えてましたね」

「3000万円で長編を作るのに、夢物語みたいなことをやっても仕方ない」と語る児山隆監督
「3000万円で長編を作るのに、夢物語みたいなことをやっても仕方ない」と語る児山隆監督撮影/河内 彩

宇野「でも、作品の構造や時制をいかにいじるのかって、小手先のテクニックの話ではなく、いま、メインストリームの作品が一番真剣に取り組んでいるところなんですよね。マーベル作品なんて、まさにそうだし」

児山「『ワンダヴィジョン』も最高でしたね」

宇野「新海誠監督もそのあたりはすごく意識的で、『ブレイキング・バッド』とかを参考にしながら、自制の入れ替えとかをやったってことを語ってますよね。だから、児山監督が取り組んでるのは、とても今日的な映画の課題でもあると思うんです」

児山「なるほど」

「ユカはどんなに頑張っても、大きいテレビドラマや映画の仕事とかが来ない。まだその業界の構造にさえ気づけていない」

宇野「あと、自分がよく知ってる世界を題材にするというのも、デビュー作としては大正解だったんだろうなって思いました。ああいう駆け出しのフォトグラファーとか、駆け出しのモデルとか、雑誌編集の世界とか、これまである程度近いところにいらしたわけですよね。そうじゃないと、あのリアリティはなかなか出せない」

児山「わりと出てくる人みんな、それはユカ(石川瑠華)も含めてなんですけど、自分にとっては過ぎ去った過去みたいな感じで。もがいている小山田には、映画が撮れなかったころの自分が少なからず投影されているでしょうし、嵩村のようにいろんなことを諦めた大人もよく知ってるし。良平(柳俊太郎)は…僕はあんな男前じゃないのでわかりませんけど(笑)」

宇野「一見、小山田を主人公とする私小説的な映画のようでいて、実は各キャラクターとの距離のバランスが異常にとれてる作品だなって」

児山「三部構成の一部では、作為的に小山田の主観的に見せているんですよ」

『猿楽町で会いましょう』より
『猿楽町で会いましょう』より[c]2019オフィスクレッシェンド

宇野「時制だけじゃなくて、視点も動いていく」

児山「そうです。二部はユカの主観になっているんだけど、観客はもう小山田の主観はわかっているから、どっちにも体重を置けずに視点がグラグラする。そして三部では、シーンが入れ替わるごとに『どっちの視点になればいいんだ?』という風に観てもらいたいなと」

宇野「うんうん、自分も完全に手のひらで転がされました(笑)。ただ、三部に関しては、ちょっとサディスティックなところも感じました」

児山「三部で、ユカは広告の撮影でスタンドインの仕事をやるシーンがあるじゃないですか。あれ、本当につらい仕事だと思うんですよ。僕、広告のディレクターをやっているんでよくわかるんですけど」

宇野「まさに児山監督の日常の現場ってことですね」

児山「そうなんです。CMって、タレントさんの時間がなかなか取れなかったりするので、タレントさんがスタジオに入ったらすぐ撮れる状況にするために、人を入れて衣装やライティングのチェックをしないといけないんです。で、半日ぐらい働いてそこそこの日給がもらえる。普通にバイトするよりはいいかもしれないけど、タレントを目指してる人にとっては、尊厳みたいなものが踏みにじられる仕事で」

将来の見えない“読者モデル”の厳しい現実
将来の見えない“読者モデル”の厳しい現実[c]2019オフィスクレッシェンド

宇野「あのシーンは、女性タレントを取り巻く環境がすごくリアルに描かれていました」

児山「もっと言うと、日本の芸能界には俳優事務所とモデル事務所が存在していて。俳優のいる大きな事務所は、その俳優をスターにするために映画やドラマに売り込んで、現場で実力をつけていって、だんだん知名度を上げていくというプロセスがあるんですけど、多くのモデル事務所にはそもそもその機能がないんですよ。本当のショーモデルの世界はまた別なんでしょうけど、そもそもモデル事務所っていう呼び方が誤解を招くんですかね、チラシとかCMとかでも、いわゆる一般人役をする人たちが所属する事務所って言ったらいいんですかね。ユカはそういう事務所に所属している設定なので、実はどんなに頑張っても、大きいテレビドラマの仕事とか映画の仕事とかが来ないんですよ。で、ユカはまだその業界の構造にさえ気づけていないという」

宇野「なるほど。そう考えるとさらにせつなくなりますね」

児山「そういう、いわゆるモデル事務所の子たちには、いい作品のオーディションの話すら来ない。というか職域が微妙に違うと思うんですよ。その構造に自分で早く気づけた子は、別の事務所を目指したりもするんですが、そのことにも気づいてない子もたくさんいて、そこにそもそもの不幸がある」

宇野「それって芸能界に限らないですよね。頑張ってもしょうがないところで頑張ってる人って、世の中すごく多い」

児山「そうですね」

宇野「でも、いまの話で言うと、今作で久子を演じている小西桜子さんは事務所に入らずに完全に個人でやられてますよね?」

児山「そう、それで異常な売れ方をしている。とてもいまっぽいですよね。そういう意味では、芸能界も変わってきていると思います。ただ、小西さんはやっぱり特別な人で、この作品でも役的には三番手四番手ですけど、もう完全に現場に入ると雰囲気が主役なんですよ」

ユカと違って将来有望なモデルの大島久子役を演じたのは小西桜子
ユカと違って将来有望なモデルの大島久子役を演じたのは小西桜子[c]2019オフィスクレッシェンド

宇野「でも、それはこの作品の役の設定にもぴったりですよね」

児山「そうそう。彼女の持ってるスター性が、この物語のリアリティにもなってる。いま思えば、2年前(撮影時期)のタイミングで彼女にこの役をやってもらえたのはすごくラッキーでした」


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