驚きのデビュー作『猿楽町で会いましょう』を世に送りだした児山隆監督が語る、デジタル時代の「シーンの作り方」【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】 - 2ページ目|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
驚きのデビュー作『猿楽町で会いましょう』を世に送りだした児山隆監督が語る、デジタル時代の「シーンの作り方」【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

インタビュー

驚きのデビュー作『猿楽町で会いましょう』を世に送りだした児山隆監督が語る、デジタル時代の「シーンの作り方」【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】


宇野「キャスティングも全部終わっている状態で?」

児山「はい。それが29歳の時で、20代のうちに絶対一本は撮りたいと思っていたので、さすがに精神的に食らいましたね。もう、自分には映画の仕事は向いてないんだろうなって、実家に帰ろうとまで思いました。でも、その頃から広告関係の映像の仕事をちょこちょこさせてもらえるようになって、普通に食えるようになってきたんですよ」

実家に帰ろうと思った…と漏らす児山監督の、20代と30代の挫折体験とは?
実家に帰ろうと思った…と漏らす児山監督の、20代と30代の挫折体験とは?撮影/河内 彩

宇野「時代的には、もうそんなに景気がいい時期じゃなかったですよね。それでも映像をやる人間にとって、広告の仕事ってやっぱり食い扶持としては――」

児山「大きいです。機材もいいものが使えるので勉強にもなりますし。最初は編集をやっていたんですけど、CMのメイキングみたいなところから撮影もやるようになった。ちょうど、一眼レフのカメラでムービーを撮るのが流行りだした時で、5D(キヤノン EOS 5D Mark IV)とかでメイキングを撮っていたら、小さいカメラでドキュメンタリーっぽい広告を撮る、みたいな仕事が増えていったんです。その頃、すっごい低予算のシリーズ企画の映画をやるチャンスがあって。予算も100万以下なんですけど」

宇野「え?完全に持ち出しじゃないですか」

児山「そう。でも、上映は確約するっていう。向こうからしたら『自主映画をかけてあげるよ、それに100万円くらい出してあげる』という感じで。その時にめちゃくちゃ頑張って、『猿楽町』のカメラマンの松石(洪介)さんが機材屋さんに無理を言ってRED(のデジタルシネマカメラ)を借りてくださったんです。当時のREDって音戻しが出来ないという、要はフィルムカメラと一緒で、カチンコでタイミングを合わせて外部のレコーダーに音を撮らなきゃいけないんです。でも、その音のデータが、プロデューサーや録音部との行き違いで消えちゃったんですよ」

宇野「それは死ねますね」

児山「本当に。まだ33歳とか34歳の時で。『このままじゃ無声映画になっちゃう』ってことで、いろんなところに復元を頼んだんですけど無理で、現場でアドリブもやっているんで、脚本通りにやってもリップも合わないし。そのままお蔵入りになっちゃったんですよ」

宇野「20代で一回、30代で一回、結構致命的な挫折をしているわけですね」

児山「それでなんかもう、本当に引き返せなくなったっていうか。どこかで『いつか映画を撮れるんだろうな』ってずっとぼんやり思っていたんですけど、これはちゃんと自分からアクションを起こさなければいけないって思って応募したのが、『未完成映画予告編大賞』だったんです。それが、38歳、39歳の頃」

宇野「『いつか映画を撮れるんだろうな』というのは、一本長編映画を撮って公開されることが目的化していたってことですか?」

児山「いや、『継続して映画を撮りたい』という明確な目標が最初からありました。『猿楽町で会いましょう』に関しては、そのためにどういう作品でデビューしなければいけないかっていうことをすごく考えてきて。作っていた時は30代後半でしたが、その歳で勢いだけで作っても、なんか情熱があっていいよね、みたいな風には思ってもらえないので。宇野さんが言ってくれたように『すべてのパラメータが高いもの』を作らないと、次には絶対つながらないだろうなって」

「ストーリーをただ伝える作品よりも、作品の構造にギミックが存在しているような作品に胸を打たれるんですよね」

宇野「いや、本当に。始まって5分後には、もう居住まいを正して観ましたからね。これは、日本のインディーズ映画によくあるような、ノリで手持ちカメラを駆使して作ったような作品とは全然違うぞって。応募の規約でタイトルに地名を入れる必要があるっていうのは後から知ったんですけど、このタイトルやポスターのビジュアルと、実際の作品とのギャップに驚いて。劇伴の使い方とかもすごく抑制されているし、撮り方も奥行きがあるけど深度が浅い、とても凝った画面設計がされているし。とにかくきちんと細部までデザインされている作品だなって」

『猿楽町で会いましょう』より
『猿楽町で会いましょう』より[c]2019オフィスクレッシェンド

児山「そう言ってもらえるとうれしいです。キラキラ映画風に見せようというのは、最初のコンセプトにあって。キラキラ映画だと思って観に行ったらトラウマ映画になるみたいな、そういう反骨心はありましたね」

宇野「自分が感じたのは、インディーズにせよメジャーにせよ、そういうこれまでの日本映画の枠組の外側で勝負しようとしている心意気でした」

児山「構造的におもしろい映画が好きなんです。構造に囚われすぎて、本質が全然食えてないみたいな作品もよくありますけど、(デヴィッド・)フィンチャーの『ファイトクラブ』を20歳ぐらいで最初に観た時の『すげえ!』って気持ちがまだ自分の中に残ってて。ストーリーをただ伝える作品よりも、作品の構造にギミックが存在しているような作品に胸を打たれるんですよね」

宇野「単純に『巧い!』とか『やられた!』とかじゃなくて、それによって胸を打たれる、ということですよね」

児山「そうです。例えば『ブルーバレンタイン』も、過去の出発点から現在の終着点に向かっていく構造の語り口がめちゃくちゃおもしろいなって。いまは荒んでるけど、過去はあんなにキラキラしていた、っていうのを、現在はデジタルで、過去はフィルムで撮っていて、そういう作品の設計がすごいなって。それが技術に溺れてるのではなく、ちゃんと作品を観たあとの余韻にも影響している。もちろん、順にストーリーラインを追っていく映画にも好きな作品はいっぱいありますけど、自分で映画を作るなら、そういう物語の構造や設計にまで手を入れた作品を作りたいなって気持ちがあって」

『ブルーバレンタイン』で主演を務めたライアン・ゴズリングとミシェル・ウィリアムズ
『ブルーバレンタイン』で主演を務めたライアン・ゴズリングとミシェル・ウィリアムズ

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