橋口亮輔監督が語る、“ヘンで愛しい人間模様”へのこだわり。『初情事まであと1時間』でも橋口節は全開
「遺作が『ずっくん』ならば全然後悔はしません。それくらい好きですね」
もう一本、第12話の「ずっくん」では篠原篤、成嶋瞳子という、橋口監督のワークショップから輩出されたあの『恋人たち』の主演コンビの再タッグが実現している。タイトルロールを演じたのは篠原篤だ。「『恋人たち』のころよりも太った篠原がね、さらに肥えてしまった時だったんですね。彼を生かせるシチュエーションを考えなければ…と頭を抱えていたら大津の体験談を耳にしまして」。“大津”とは彼もまた、『恋人たち』に出ていた役者、バイプレイヤーとして知られる大津尋葵のことである。
さらに橋口監督は続ける。「大津とは前からたまに飲む機会があったのですが、バイト先の都内のカラオケ居酒屋店の同僚、巨漢の男が愛称“ずっくん”だったんです。どうやら世間のレールから外れた吹き溜まりみたいなところで、けれどもバイトの仲間同士が尊重しあって助け合い、しかもみんなに愛されているという“ずっくん”の話を聞いて、これは群像劇ができるな、と。急いで言い添えておきますが、もちろんアレンジを施し、実話はドラマには入れていません」。カーくん役を演じた大津尋葵に関しては、原案を提供してくれたのでキャスティングしないわけにはいかず、「ダブル主役扱いにしました(笑)」と橋口監督は冗談めかしたが、「今回の3作品の中では一番自分の心情に近いというか、万が一、いま、僕になにかあったとして遺作が『ずっくん』ならば全然後悔はしません。それくらい好きですね」と言い切った。
「あっけらかんと、世の風潮を笑い飛ばすようなコメディを撮りたいです」
テレビドラマに関わるのは久々で、脚本では2006年のNHKドラマ「みちくさ」(演出・西谷真一)、演出となると1997年の深夜ドラマシリーズ「恋、した。」の第12話、片岡礼子主演「出走!ラビアン・ローズ」以来となる。このコロナ禍で厳しいなか、オファーを引き受けたのは、「監督の仕事というのは自分の作品に携わるだけではなく、キャストやスタッフのために仕事を生みだすことも含まれている」から。
さて、今後の映画の新作も気になるところ。企画は進行中だという。「3本ぐらい同時に考えています。一本は“堕落” をテーマに主役の俳優さんもすでに決めている。あと、『ハッシュ!』のその後というか、続編的なものもどうかと。これに関してはけっこう迷っていますね。どれもなかなか定まらず、中学の時に英語の先生によくかけられた『惜しいなあ、橋口はわかってるんだけどなあ…』という言葉を思い出します(笑)。こんな時代だからこそ、あっけらかんと、世の風潮を笑い飛ばすようなコメディを撮りたいです。敬愛する木下惠介監督が戦後の逆境に放った『カルメン故郷に帰る』みたいな、秋の突き抜けた青空みたいなコメディをね」。時間はいくらかかっても大丈夫。ゆっくりと、期して待とう。
取材・文/轟夕起夫