「映画館での上映」にこだわるC・ノーラン監督、新作では20年にわたるワーナーとの関係を解消
クリストファー・ノーラン監督の次回作は、『インソムニア』(02)から昨年9月に公開された『TENET テネット』(20)まで約20年間ともに映画を製作、配給してきたワーナー・ブラザース映画に代わり、ユニバーサル映画が製作、配給すると報じられた。
2022年に撮影が開始される予定の新作は、“原爆の父”と呼ばれる物理学者のオッペンハイマー博士を描く作品になるという。主演には「ダークナイト」三部作はもちろん『インセプション』(10)と『ダンケルク』(17)にも出演し、ノーラン作品に欠かせない俳優となったキリアン・マーフィーの名前が挙がっている。
複数の媒体の報道によると、ノーラン監督のエージェントは新作の脚本を各スタジオ、ストリーミング・サービスに開示し、出資者を選定していたという。条件として、監督が編集の最終決定を行うファイナルカット権の保持、一定期間の劇場独占公開期間を保ち、ユニバーサル映画が現在大手シネコンのAMCらと結んでいる「17日間独占劇場公開」に作品を含まないこと、チケット売上収入から20%の報酬を受け取るファースト・ドル・グロス契約、公開日前後3週間は同スタジオの作品を公開しないブラックアウト契約などが含まれるという。このファースト・ドル・グロス契約の履行は、スカーレット・ヨハンソンがディズニーを相手取り訴訟を起こしている裁判でも争点となっている。
『TENET テネット』は、『インターステラー』(14)『ダンケルク』に続くノーラン監督の最新作かつ、2020年夏の注目作として7月17日の劇場公開が予定されていた。当時、アメリカの映画館の70%は25%〜50%の収容率で営業中だったが、閉鎖されている30%のなかに全米の興行成績の大部分を占めるニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコ、シアトル、デトロイトなど大都市の映画館が含まれていた。ワーナー・ブラザース映画は『TENET テネット』の公開を2度延期し状況を見計っていたが、9月3日に全米公開されても大都市では『TENET テネット』を観ることができない状態が続いていた。
この興行不振が引き金となり、2020年12月以降に劇場公開される新作映画は、ワーナーの親会社にあたるワーナー・メディアのストリーミング・サービス、HBO Maxで1か月限定同時配信されている(2021年度中公開作のみの予定)。
劇場での鑑賞体験を愛するノーラン監督は、パンデミックが始まったばかりの2020年3月にワシントンポスト誌に映画館の必要性を寄稿し、12月のワーナーの決定を嘆いた。このことが、20年近く共に映画を作ってきた彼らが袂を分かつ原因となったのは想像に難くない。
一方、契約解除も新規契約も、原爆開発をテーマにしたノーラン監督の新作映画の“商業価値”をスタジオが試算したうえでの判断だとも推測されている。新作の製作費は約1億ドル(約110億円)と言われ、この規模の作品を劇場公開するためには同額かそれ以上のマーケティング費用、宣伝費用が別途加算されるからだ。新作映画の公開は2023年もしくは24年を予定しているが、2年後の世界が置かれている状況は誰にも予測することができない。
文/平井伊都子