ヘンリー・ゴールディングにクロエ・ジャオ…アジア系映画人の躍進から見える、ハリウッドの未来
ここ数年、ハリウッドにおけるダイバーシティ&インクルージョン(=多様性とその取り込み)は急速に浸透しているが、とくに際立つのがアジア系の活躍だ。2019年、メインキャストが全員アジア系の『クレイジー・リッチ!』が予想外のヒットを記録し、2020年は韓国からの移民一家を描いた『ミナリ』がアカデミー賞作品賞ノミネート。マーベル初のアジア系のヒーロー映画『シャン・チー/テン・リングスの伝説』が、興行的に大成功をおさめ、『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』(公開中)では、最強忍者ヒーローが日本を舞台に戦う。いまやアジア系のスターたちは、ハリウッドには欠かせない存在となっているのだ。
このアジア系ハリウッドスターに一気に仲間入りしたのが、『シャン・チー』で主演を務めたシム・リウ。それまでもドラマなどで俳優、スタントマンとしてキャリアを築いてきたが、ここまでの大役は初めて。鮮やかなアクションの技はもちろんだが、中国のハルビン生まれのリウが英語のセリフも完璧なのは、5歳で移民としてカナダに渡っていたから。英語がネイティヴであったことも、ハリウッドでの躍進に役立ったようである。
『シャン・チー』の共演者で、アジア系としてシム・リウの一歩先を進んでいるのが、オークワフィナだ。父が中国系で母が韓国系の、ともにアメリカ人で、生まれはNY。ミュージシャンとしても活動しながら、コメディアンで人気となり、『オーシャンズ8』(18)、『クレイジー・リッチ!』『ジュマンジ/ネクスト・レベル』(ともに19)などハリウッド大作に引っ張りダコ状態。主演を務めた『フェアウェル』(19)ではゴールデン・グローブ賞主演女優賞(コメディ/ミュージカル部門)を受賞し、演技力も評価された。
『ミナリ』(20)で、アジア系として初めてアカデミー賞主演男優賞にノミネートされたスティーヴン・ユァンは、ソウル生まれで4歳でカナダ、その後、アメリカへ移住。ドラマ「ウォーキング・デッド」(10~17)などを経て、今や出演作が途切れない俳優へと成長した。ソウル生まれでアメリカ育ちという点は、「スター・トレック」(09~16)シリーズなどで実績を積み、主演作『search/サーチ』(18)が日本でも話題になったジョン・チョーとも重なる。韓国人移民ということでは、アメリカ生まれのケン・チョンも「ハングオーバー!」(09~13)シリーズ、『クレイジー・リッチ!』、『トムとジェリー』(21)などハリウッドでは欠かせないバイプレーヤーの地位を確立している。
急成長をみせるのは、『クレイジー・リッチ!』でヒロインの相手役にいきなり抜擢され、ハリウッドデビューを飾ったヘンリー・ゴールディング。マレーシア出身だが、7歳から21歳までイギリスで生活し、英語は堪能。『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』では主役を務め、押しも押されもせぬトップスターとなった。
香港系では『シャン・チー』にもちらっと登場し、『ドクター・ストレンジ』(16)などでおなじみのベネディクト・ウォンは、イギリス、マンチェスター出身で、ハリウッドのアジア系俳優の代表格の一人だろう。母国でスターになってからハリウッドに進出した真田広之、マ・ドンソク、浅野忠信らを加えれば、アジア系がいかに重要な役割を果たしているかがよくわかる。
そしてハリウッドにおけるアジア系ということなら、俳優以上に大活躍をみせているのが監督たちだ。
『クレイジー・リッチ!』の後に、ミュージカル『イン・ザ・ハイツ』でもメガホンをとったジョン・M・チュウは台湾系アメリカ人で、次回作は『ウィキッド』なので、ミュージカル映画の巨匠になりそうな予感。チュウはアメリカ生まれだが、台湾の台北生まれで、カリフォルニア育ちのジャスティン・リンは、最新作『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』(20)まで、“ワイスピ“シリーズのの計5本を監督したヒットメーカー。
マレーシア系オーストラリア人のジェームズ・ワンは「ソウ」「死霊館」とホラーの2大ヒットシリーズや、「ワイスピ」の1作も監督して、こちらも才能全開。『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』のキャシー・ヤンは、中国生まれで4歳でアメリカへ移住したし、『ミナリ』のリー・アイザック・チョンも、作品の物語と同じく韓国からアメリカへ渡った。そして『ノマドランド』でアジア系初のアカデミー賞監督賞に輝き、マーベルの『エターナルズ』(11月5日公開)も公開間近のクロエ・ジャオは、国籍こそ中国だが、ハリウッドを拠点にする映画監督だ。
日系ということなら、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』(20)のキャリー・ジョージ・フクナガも、このアジア系監督の枠に入れていいかもしれない。こうして名前を並べていくと、もはやハリウッドの大作は、アジア系監督の存在なくしては成り立たない様相だ。逆に言えば、「アジア系」という表現は不要とすら感じる。あと何年かしたら、監督はもちろん俳優たちを、このように人種で分けること自体、時代遅れになるのではないか。ダイバーシティ&インクルージョンという言葉すら死語になる社会。アジア系スターや監督たちの躍進に、そんな未来も見えてくる。
文/斉藤博昭