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「痛感したのは、映画への敗北感」“体験型エンタメ”『劇場版スタァライト』古川知宏監督が明かす、シネスコ画面の裏側

インタビュー

「痛感したのは、映画への敗北感」“体験型エンタメ”『劇場版スタァライト』古川知宏監督が明かす、シネスコ画面の裏側

「この映画ぐらいは、話の筋を追わない自由さを味わってほしい」

古川監督が本作で目指したものの一つには、本来映画ファンとは異なった層に向けたコンテンツである本作において、劇場でこそ味わえるカタルシスを感じてほしいという狙いがあったそうだ。「ユーザーが『レヴュースタァライト』というコンテンツに求めているものと映画というフォーマットの間には、隔たりがあると感じていました。ターゲットである若い人たちが慣れ親しんでいるスマホゲームやアニメには、話の筋と呼べるものがはっきりとあって、悪い奴を倒したり、最高のライブを目指したりする。だからこそ、この作品くらいは話の筋を追うこととは違う体験をしてもらってもいいのではないかと考えたのです。もっと自由でいいのだと、僕が観始めたころに味わった、映画ならではの“体験”の感覚に触れてほしいという想いがありました」。

そうして“体験”というかたちに振り切るために、制作の舞台裏でとくに注力したのは劇場の大きなスクリーン、大きな音を最大限活用して、なにを仕掛けられるのかということだ。その一つが先述したトマトの破裂だ。このシーンは、絵コンテの段階で付け加えたものだと明かしつつ、「画面を作りながら、脚本の良い所を生かしつつ時には“ジャンプ”して“変化”させていくのが僕のやり方です」と自らが実践した方法論を振り返っていく。

“観客”の象徴であるキリンは、幾度も“舞台少女”の前に現れる
“観客”の象徴であるキリンは、幾度も“舞台少女”の前に現れる[c]Project Revue Starlight

劇中、少女たちの前に野菜でできた(=食べ物でできた)キリンが立ちはだかる象徴的なシーンがある。本作において、キリンは“観客”を比喩的に表現した役割を担っているのだが、脚本上では“観客”を少女たちが咀嚼するため、キリンをステーキにして食べるというあまりにも直截的なシーンが検討されていたという。「直感として“食べた”ほうが良いとは思っていたのですが、その表現に悩みました。“食べるという行為”のほかの表現方法を検討していくなかで、アルチンボルドが人の顔を花や野菜で表現した複数の絵画にたどり着きました。見たことのないものにしてしまうと、お客さんは取り残されてしまう。でもアルチンボルドの絵は、名前は覚えていなくても誰もが一度は見たことがあり、記憶のなかに残っているはずです。野菜でできたキリンにしたことで、食べ物なんだと理解しやすくなり、“心臓であるトマト”を設定してモチーフとして引用することに決めました。自分のなかで探していた“作品を貫くモチーフ”に到達したわけですね。あとはそれを使って自分が楽しみつつ、作品を観る方にも楽しんで頂くだけです。映画の冒頭でトマトの大きな破裂音を味わってもらうことで、観客の方々に『映画館に来た!』と感じて頂けたのではないでしょうか」。

「シネスコの横長な画面とモチーフで、テレビとは違う広大さを目指しました」

美しい背景美術もまた「スタァライト」の世界観を作り上げている
美しい背景美術もまた「スタァライト」の世界観を作り上げている[c]Project Revue Starlight

本作で登場するモチーフのなかでも、トマト以外で脳裏に残るのが、“列車と線路”、“砂漠”だ。それらをより印象的に見せているのは、横長なシネマスコープの画面。「どうやったらテレビシリーズと差異化を図ることができるかと考えたことと、シンプルにシネスコが好きだからやってみたいという興味がこの画面サイズを選んだ理由です。それにキャラクターやストーリーの行く末や人生などを感じさせる“列車と線路”というモチーフは横長のシネスコと相性が良く、広大な感じを出したい“砂漠”も同様です。砂漠でも砂丘の無い砂漠を選んだのもそのためです。モチーフと画角サイズは不可分だと考えていて、横に広いシネスコ画面とスタジオPablo(背景美術会社)さまの背景美術を組み合わせれば、画面を持続させることができる。参考としてまず観なおしたのは、デヴィッド・リーン監督の『アラビアのロレンス』です」。

シネマスコープによる広大な“砂漠”のモチーフは『アラビアのロレンス』を参考にしたという
シネマスコープによる広大な“砂漠”のモチーフは『アラビアのロレンス』を参考にしたという写真:EVERETT/アフロ


シネスコ画面の“横”のダイナミズムを重視する一方、本作にはそれとは真逆の“縦”のモチーフが頻繁に登場する。テレビシリーズから幾度も繰り返し登場する東京タワーは、クライマックスの舞台ともなっており、その最たるものだ。少女たちは、レヴューとして表現される一種の精神世界のなかで、何度も「落下」を繰り返していく。「テレビアニメ制作時に、第1話で白昼夢のような音楽と共に東京タワーから落下するカットをゆっくりと見せることで視聴者を驚かせたいということと、パース変動のない上下の動きがアニメの作画上難しいものではないことから取り入れたのが始まりでした。そうすることでこのアニメは『落下』のアニメとなり、髪飾りが落ちるような物理的な動きも含め様々な場所に引用できるようになります。本作には原作がないため、観てくれた方がひと言で『落下アニメ!』みたいな、作品を形容できるものを作劇上に組み込んでいくことが重要だと考えました」。

「旧作からの引用は、ある種のエンタテインメントと考えています」

『マッドマックス 怒りのデス・ロード』から引用したシーンは、本作で重要な役割を果たしている
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』から引用したシーンは、本作で重要な役割を果たしている写真:EVERETT/アフロ

劇中にはほかにも、突如として往時の「日活」を彷彿とさせるロゴが現れたり、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(15)を思わせるシーンが登場するなど、既存の実写作品からの引用が数多く見受けられる。それもまた映画ファンの心を掴んだ大きな要因といえよう。「アニメの監督も実写の監督たちと同じように、過去の作品から与えられた記憶を大いに引用していますが、ちょっと隠し気味なので僕は積極的に『ある種のエンタメとして』話していきたいと考えているんです」と声を弾ませる古川監督は、以前から北野武鈴木清順岡本喜八実相寺昭雄新藤兼人ら名匠からの影響を公言している。

“レヴュー”の随所に過去作からの引用が散りばめられている
“レヴュー”の随所に過去作からの引用が散りばめられている[c]Project Revue Starlight

「特に鈴木清順監督は、いまの若い観客の方にも『こんなにおもしろい監督がいるんだよ』と広めていきたいという気持ちが強くありました。ただしほとんどの場合は、印象や色合い、時間の取り方などを参考にさせてもらうという感じで、過去作の場面をそのまま再現することはあまりしていません。例えば学校の中庭をヒキで撮ったシーンから突然キリンのアップに切り替わるところの音楽の掛け方は、北野武監督作品の音楽の繋ぎ方を参考にさせて頂きました。ほかにも様々なシーンで参考にした作品があるのですが、あるレヴューのシーンで個人的には『ツッコミ待ち』としてあからさまに引用した映画についてはまだ誰からもツッコまれていません。気付いた方からのご指摘を楽しみに待っています!(笑)」。

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