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トム・マッカーシーが語る『スティルウォーター』の構想10年「かつて恋に落ちた相手と再会し、情熱を思い出すようなもの」

インタビュー

トム・マッカーシーが語る『スティルウォーター』の構想10年「かつて恋に落ちた相手と再会し、情熱を思い出すようなもの」

「撮影監督はマット・デイモンのセリフに耳を傾け、キャップのつばの下でも、その表情をカメラで捉えようと苦心した」

そのマルセイユのシーンと、アメリカのオクラホマで撮ったシーンは、映画でも対照的なムード。このあたりもマッカーシー監督の意図で「冒頭のオクラホマではカメラを固定し、静的な映像にして、マルセイユに移ると手持ちカメラを優先して、街のエネルギーを映し出しました。そして再びオクラホマに戻った時に、主人公ビルの経験を込める意味でマルセイユで使ったカメラのレンズを使ったのです」と、撮影方法のプランを明かす。

米オクラホマの静的なシーンと対照的に、仏マルセイユで撮影したシーンは手持ちカメラを多く使用
米オクラホマの静的なシーンと対照的に、仏マルセイユで撮影したシーンは手持ちカメラを多く使用[c] 2021 Focus Features, LLC.

その監督の意図に応えたのが、日本人撮影監督の高柳雅暢だ。ハリウッドでの経験も豊富で、前作『スポットライト 世紀のスクープ』に続いての起用となった高柳との仕事に、マッカーシー監督は満足げだ。
「マサ(高柳のこと)は、脚本をとことん掘り下げ、その意図に正確にアプローチするタイプのカメラマンです。私以上に脚本を読み込んでいるかもしれません(笑)。私はマサと一緒に仕事をしていると、彼の映画に対する尊敬と愛情に、常に感銘を受けるのです。日本人の監督を例に出すと、私は黒澤明というより、小津安二郎のタイプでしょう。マサはそれを理解しているので、私の求めるカットを効率よく実現してくれます。私たちは育った環境や文化が異なりますが、私はニュージャージーの小さな町で生まれ、彼も都会の生まれではない。そこがなんとなく気が合う理由なのか、と考えたりもします」。

ビル役のマット・デイモンは、多くのシーンでキャップを目深に被っている。つまり表情の変化が伝わりづらいのだが、そこもマッカーシー監督が、撮影監督と相談してアプローチしたそうで「マサがリハーサルからマットのセリフに丁寧に耳を傾け、キャップのつばの下でも、その視線が何を訴えるか、光の方向なども考えながらカメラで捉えようと苦心してくれました」と、高柳の手腕を賞賛する。

マット・デイモンは異国の地で真犯人探しに奮闘する父親を泥臭くもリアルに体現
マット・デイモンは異国の地で真犯人探しに奮闘する父親を泥臭くもリアルに体現[c] 2021 Focus Features, LLC.

「観る人も、ビルの人生を感覚的に受け取ることができ、劇中での彼の成長や変化を共有することができる」

そして『スティルウォーター』の見どころとなるのが、主人公ビルに共感させるデイモンの熱演だ。娘の無実を証明しようとしつつ、マルセイユで出会った家族との絆を深めるという複雑な運命を体現しているが、演技経験も豊富なマッカーシー監督なので、俳優の気持ちに寄り添って演出したのではないだろうか。
「私の演技経験も関係しているかもしれませんが、それ以上に、その人物の行動が作品のテーマにどうつながるか、常に意識して演出することが大切だと感じています。マットの場合は、撮影前の段階から多くの打ち合わせを重ねました。ビルがどういう人物で、娘とどんな関係性だったのか。30年前はどのような人生を送っていたかも、マットは追求していったのです。そうすることで映画を観る人も、ビルの人生を感覚的に受け取ることができ、劇中での彼の成長や変化を共有することができるのでしょう」。

【写真を見る】構想10年の物語、トム・マッカーシーとマット・デイモンが追求した主人公像とは?
【写真を見る】構想10年の物語、トム・マッカーシーとマット・デイモンが追求した主人公像とは?[c] 2021 Focus Features, LLC.


主人公ビルの思いを強烈に受け止めながらも、『スティルウォーター』は観る人それぞれ、感応するポイントが異なる作品かもしれない。しかしそれこそが「映画」であると、トム・マッカーシー監督は次のように語る。
「殺人を巡るミステリーから始まり、ラブストーリーの要素も濃厚であり、国籍や人種といった社会派のテーマ、さらに犯罪劇も盛り込まれた作品です。ただ、人々の人生がさまざまな喜怒哀楽を含んでいるように、題材に忠実に向き合えば、それが芸術作品になるのだと信じています。その意味で本作は、ジャンルはひとつに括れなくても、全体のトーンを一貫させることに注力しました。観客のみなさんには、乗り物に乗るような感覚で映画を満喫してもらいたい。それこそが映画監督としての喜びであり、作品についてあれこれ語られることを、私は心から求めています」。

取材・文/斉藤 博昭

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